先日、大雪が降って久しいですが、うちの前の道路は建物の影になっていて、雪が凍ったままなかなか融けなかった。今日家に帰ったらようやく路面の氷がすっかり融けて水になっていました。昨日、今日と暖かかったのが効いた模様。雪の日からもう10日も経ったのか。
なお、家の前の建物の軒下にはまだ白い雪が残っています。
お気楽さんすう屋さんateruiの日々の記録と思考錯誤?のたまり場です。
"easy arithmetician" aterui's spot for daily records and thoughts.
今日は食べ物ネタが2つ並んでしまいましたが、仕事を終えて帰ろうとすると、はるか彼方から、車の音に混じって「♪ぎょう〜ざ〜、ぎょうざ〜・・・」という声が(もちろんテープ)。
もしかして、先週買ったぎょうざ屋さんかな?(詳しくはリンク先を見ていただくとして)そのぎょうざ屋さん、所沢ナンバーでやってきましたが、茨城県南地域をくまなく歩いているそうで、大学の周辺は、学生さんに合わせて比較的遅めの時間帯を選んでいるのだとか。でも今日はちょっと早いかな。となるとこの間のぎょうざ屋さんでないかも。
ともあれ、先週の味をなつかしみながら家路に着いたのでした。
昨日は午後の買い物が遅くなったので、夕飯は○武のラーメン屋さんになりました。
このラーメン屋さん、これまで2回食べたのですが、2度ともおなかをこわしてしまったのでした。1回目はラーメン、2回目はチャーハンだったのですが、はて、今回はどうしよう・・・ということで、今回は焼きそばに。麺の揚げ具合もよく、うまかった。
で、今日1日が過ぎましたが、おなかは大丈夫だったようです。どうやら、これまでの不調の原因はスープにあったか?でも前2回は(自分のペースとしては)早食いだったしな。次回は(たぶん、ラーメンを)もっとゆっくり食べることで、原因を調べてみましょうか・・・
所属のホルンアンサンブルの今年初合わせ。1月ももうおしまいですが、自分にとっては今年の吹き初めです。そのうえ、自分が練習に出るのは昨年8月以来だったので、楽器ケースを開けるのが怖かったのですが(実際、バルブに木ダボを当ててハンマーでトントン・・・という恥ずかしい始末)、何とか楽器は“作動”しました。
今日の練習は、参加者が3人ということで、デュエットとトリオを選択。デュエットは(昨日がモーツァルトの誕生日にちなみ?)モーツァルトのホルン協奏曲第4番第4楽章(ロンド)。この曲は、ソロ+4重奏とか、いろいろアレンジがありますが、デュエットでもなかなか楽しめます(が、疲れます)。今日は譜面を追うので手一杯(というか、下のパートはかなり編曲;-)。ついでに、この曲は、モーツァルトが曲を献呈した(友人のホルン吹きで肉屋さんの)ロイドゲープに対していたずらをしかけたフレーズなどもあるそうですが、次回はその辺も楽しみたいところ。
トリオの方は、ヤマハから出ている「初めてのアンサンブル曲集(後藤洋編)」。前半は、いろんな歌のアレンジ。1ページ目に「若者たち」なんて曲があって「♪君の〜行く〜道は〜」なんて、なかなかの渋さです。自分もリアルタイムで聴いていたわけではありませんが、今の学生さんたちは知らない人も多いんでしょうね。後半はオケの曲からの抜粋。フレーズが続くはずのところで終わっていて、ああ何て潔い終わり方なんでしょうと思ってしまった。
久々に吹いたのですが、終わりの方では、高音域がすぐに使いものにならなくなることに気付きましたが・・・久々だし仕方ないかな。吐く息の支えもだいぶなまっています。この辺は次回以降に向けて忘れないようにしないと。頑張りましょう。
はやっているのかよく知りませんが、かみさんから「こんなのがあるよ〜!」と聞いたので、仕事に区切りがついたのを機にやってみました。「ATOK presents 全国一斉!日本語テスト」。
結果は73点。敬語などは意外とできていた。弱点として指摘されてしまったのが、漢字、熟語の読み間違い。たしかに熟語知らないもんな〜。漢字も書かないし。これからどうやって鍛える?
入院といっても人ではありませんのでご安心を。
今日で仕事が一段落したのだが、今回、いつも使っていた万年筆の調子が悪かった。軸からインクが漏れて、 せっせと拭きながら原稿を書いていたのです。ついでに、キャップのクリップもどこかが壊れたらしく、ゆるんでしまったので、これを機会に万年筆を修理に出すことにした。
○武の文房具売り場に出そうと思って行ったが、昨春の改装で文房具売り場がなくなったらしい(今まで気付かなかったとは・・・)。そしたら、かみさんが「隣の○フトにあるのでは」ということで、行ってみたら、無事修理を受け付けてくれた。
修理期間の見込みは約1か月。ちゃんと直って戻ってくるといいですね。ついでに言うと、万年筆はもっと頻繁に使った方が彼(彼女?)のために良いらしい。前回使ったのいつだったかな〜?もっとまめに使う機会をもとう(=論文を書かないと!)
昨夜、乾燥機を使っていたら、突然止まって動かなくなった。乾燥機が動かないのは不便なので、今日、父と調べることに。
玄関に古い毛布を敷き、乾燥機を運び出す。毛布を敷くのって、高校のとき吹奏楽部でパーカッションの楽器を包んだのを思い出しますね。
父は先日買ったという電動ドライバーを取り出し、後ろのカバーがあっという間に外せた。初使用とのことで、チチ曰く「ちょうどよい練習」になったということであるが、嬉しそう(自分もそうだが)。
カバーを外して部品を調べると、ヒーターのところにある温度ヒューズが切れている。とりあえず乾燥機がストップしたのはこれが原因らしい。そこで、ジャンバー線でヒューズの両端をつなぎ、電源を入れてみる。これで動けば、あとはヒューズの交換で動くはずなのだが・・・残念ながら動かず。しかも、焦げ臭いにおいが。どうやら壊れたのはドラムを動かすモーターらしい。モーターが壊れた→ドラムの回転が止まった→ヒーター付近の温度が上がった→温度ヒューズが切れた、ということのようだ。
これで、残念ながら乾燥機は逝ってしまった。実家の新築以来、20年以上に渡って働いてきたが、さすがに寄る年波には勝てなかったのだろう。これまでの働きに感謝。
一方、よりによって大晦日に壊れるとは、不便。父は市内の電気屋に電話してみたが、どの店も「今はもう乾燥機単独では(売れないので)置いてません」とのこと。使っている時には便利さをあまり意識しないものですね。そんなことで大晦日の昼は過ぎていったのでした。
ちなみに、午後母と買い物に出かけた父が、室内用の物干し台を買ってきてくれました。
ムスメが生まれてから早いもので3週間近くになる。この間、めでたく名前もつけ、出生届も出したが、本来はお七夜の行事の一つである、命名の奉書—子供の命名を奉書紙に毛筆で書くのが延び延びになっていたので、この3連休でやることにした。
文字通り「筆無精」で、中学の書道の授業以来筆も持ったことがなかったので、初日は筆運びの感覚や、止め、はね、はらいといった基本を思い出すために筆を走らせるので終わる。2日目は筆使いにもすこし慣れ、名前の字の練習。
そして、今日はようやく清書、何とか書き上げる。これで父親の最初の務めを果たし、ホッとしたひとときを迎えた。出来栄えは…自分としては心がこもっているのでよしとしたが、将来、ムスメが見た時に何と言われるでしょう!?
前回の予告通り、この日はかみさんとお出かけ。行く先は上野の旧岩崎邸庭園。三菱の岩崎家の本邸として建てられた建物と庭園だ。
一昨年から一般公開が始まったとのことで、最初かみさんから話を聞いたときは「ふ〜ん」程度に聞いていましたが、あのコンドルが設計したと知ってがぜん興味がわいてきました。
本邸の建築は1896年。本邸の洋館を設計したジョサイア・コンドルは、明治期のいわゆるお雇い外国人の1人で、日本の洋館建築の先駆者といえる人です。この岩崎邸以外にも、鹿鳴館や東京帝室博物館等、多数の建築を手がけたのみならず、工部大学校(現在の東大工学部)で、辰野金吾(東京駅を設計)、片山東熊(東宮御所、現在の迎賓館を設計)といった第一人者達を育てました。そんな建物を見に行くというのですから、これはぜひ見ておかなければ。
門を入ったらゆるやかな坂を上る。洋館はwebでもいろいろ紹介されていますが、入ってみると、床から天井までの重厚な造りに驚く。あちこちの部屋やホールに暖炉がある。使うのもお手入れもさぞ大変だったことでしょう(お手伝いさんが必要!)蒸気暖房のラジエーター(本体のプレートを見るとアメリカ製。古い)も、つる草の模様入りで、自分が中学や高校時代に学校でおなじみだったものとは違い過ぎ。
洋館の内装はぴかぴかに磨き上げられていましたが、ここまで復元するのには大変な苦労があったのではないかと思います。洋館の隣に建っている撞球(ビリヤード)室もあったのですが、こちらの方はまだ壁の木目も白っぽく汚れており、壁紙もかなり色あせていました。復元前といった感じ。中を見ることができましたが入ることはできませんでした。
もう一つ、興味深かったのは、洋館とつないで同時期に建てられた和館。洋館が、主に当主の仕事場とお客さんをもてなす場として機能していたのに対し、和館の方は岩崎家の家族と使いの人達の生活の場だったようです。惜しむらくは一部を残して現存していないこと。建築当時の和館は底面積で洋館をしのぐ大きさだったのだが、特に取り壊された部分は彼らの住まいがあったようで、もし残っていたら、当時のお屋敷の造りや生活様式を知る上で興味深い手がかりになったことでしょう。
見学後、和館の軒先で休憩しましたが、緑に囲まれているためか、暑い日差しにもかかわらずさわやかな風が吹き抜けていきました。庭先でスズメが砂浴びをするのを初めて見ました。
今週は月曜から金曜まで休みをとっているが、家のこまごました作業で(それなりに)フル稼働。
土・日はクローゼットの中を整理。月曜から、軒先アンテナの取り付け作業。室内配線はやったことがあるけど、屋外配線は初めてだったので、いろいろ戸惑うこともあった。今回身につけた知識は以下の通り。
こんな感じでうだうだとやってましたが、水曜になってようやく取り付けが終わりました。今日は再びクローゼットの整理。明日こそはオフ(かみさんとお出かけ)か!?
このところ暑い日が続いたが、昨日あたりから一段落。そんな中で、この日、職場の懇親会があり、夕べの楽しいひとときを過ごした。
それから自転車で家へ向かっていたのだが、中間地点にさしかかった頃、突然後輪が「ガタン、ガタン」と揺れはじめた。パンクだ!すぐ自転車を止めて後輪を調べてみると、思った通り空気はスカスカ。替えのチューブは持っていたのだが、あいにく携帯用の空気入れは家だ(冬に、フレームにマウントするラバーバンドが切れたので、家に置きっぱなしだったのだ)。
ここでまず考えたのが、この自転車を買ったお店が自分の来た道にあったので、修理に間に合わないかと。引き返して自転車を引いて歩く。すぐ近くだと思ったのだが、それは自転車に乗っていたからそう思っていただけのようで、実際は結構距離があるようだ。そしてようやくお店にたどり着いた。明かりはこうこうと灯っていたが、すでに閉店の後だった…
再び踵を返して家へ向かう。途中、かみさんに電話をかけた。パンクの説明をする。心配して迎えに行こうか、と言われたが、家の車は保険の都合でかみさんは運転できない。大丈夫、歩いて帰る、と言ったが、心配かけてすまんねぇ…
あとはひたすら家を目指して歩くのみ。自転車は何と偉大な技術なのだろう、歩いて家に帰るような気力があるのなら、これをもっと普段数学にも生かさなあかんな、なんてことを考える。スピードメーターで自分の歩く速さを見たら時速5kmらしい。結局、自転車で40分かけて帰るところを、自転車で15分位走ったところでパンクして、それから自転車店へ行きつ戻りつ、2時間程歩いて家に着いた。
後で、自動車のスピードメーターで距離を測ったら、パンク地点から家まで約9km、加えて、パンクの地点から自転車店まで約500mあったので往復で1km、計約10km歩いていたのでした。かなりバテバテだったが、世の中にはもっと長い距離をホイホイと(でもないのかな?)歩く人達もおられるようで、あらためて彼(彼女)らのすごさを感じたのでした。
東京のちひろ美術館を訪ねた。かねてからかみさんのリクエストがあったのだが、夏を過ぎるとしばらく行くチャンスがなくなりそうだったので、今回行くことにした。
電車に揺られ、閑静な住宅地を歩いてたどり着く。以前来たときと変わった、とかみさんが言っていたが、建物の外観は、新しそうなんだけど奇をてらった感じはない。赤茶色の外装が昔の家屋のトタン屋根を思い起こさせる。
館内をゆっくり見て回った。ちひろさんの仕事は、仕事をされた当時は現在程目立たなかったのかもしれないが、確たる信念をもって描いたからこそ、現在こうして自分も含め多くの人達の心を引きつけ、美術館に足を運ぶのだろうと思った。
翻って、今の大学は、競争の時代に入っている。世間にすぐに役に立ったりアピールしたりできるような研究を大勢で追いかけるような風潮も見受けられる。それが元手となる資金を得るための有効な手段の一つとも言えるのでやむを得ないとは思うけど。
そのような中で、数学はと言うと、世間からは難しそうなものに映るのかもしれないし、すぐに世の中の役に立つというわけでもない場合が多いので、周りにばかり目がいって足がすくみそうにもなる。しかし、ちひろさんの仕事のように、自分を見失うことなく、本当に価値がある物を作り続けることも大切だな〜と、今回の訪問で思った。もちろん、世の中へのアピールも大切。数学の価値や楽しさをより多くの人達に知ってもらうことが、数学を後世に伝えるために必要不可欠なので。
大学時代のサークルの友人夫婦(ダンナは自分と同期、奥さんは自分のかみさんの1つ下)が近所に来たとのことで、一緒にご飯でもどう?と、かみさんに連絡をとってもらったのだが、ダンナの方が別の友人宅で飲んでいるとのことで会うのを一度断念。ところが、再度連絡が入り、話を聞くと、その友人というのが、自分が大学1年のときに一緒のクラスだった友人夫婦であることが判明!早速訪問と相成りました。
今回の訪問先の友人夫婦、ダンナの方とは大学院時代にもたま〜に学校で顔を合わせることがあったたが、奥さんと会うのはホントに大学卒業以来。「てるちゃん変わってないね〜」と言われたが、2人も(いい意味で)変わっていなくて、お互い元気で再会できたのがうれしかった。
訪問先のダンナとサークルの同期の友人が、大学院で一緒だったのでこういうことになったのですが、それにしても今回はびっくり、でも旧友と再び親交を温められるのはよいものです。
今日、職場の別の学科で、Google Tokyo R&D Centerの人が来て、Googleの舞台裏の話をするという講演会があるということで、聞きに行ってみた。
当初、会場は10階の部屋を予定していたが、予想以上にたくさんの人が集まったので、急きょ1階の講義室に変更。
講演の内容は、Googleを支える技術の紹介で、今回は特に、漁ったwebページの情報を蓄積、保持し、検索を行うためのシステムの紹介が中心であった。この辺の話は以前どこかで読んだ記憶があり、それを思い出しながら聞いていたが、スライドでは、プロジェクト旗揚げ時以来の各時代別のシステムの写真も紹介されたり、直接関係者の話を聞く機会がないと触れられないような、興味深い話も聞くことができた。
講演後の質疑応答で、学生で質問しているのは留学生の人達だった。日本の学生諸君もこういうときにもっと積極性を発揮してほしいなぁ…と思いながら聞く質疑応答でした。
最後に、Google Tokyo R&DのTシャツが配られたので、自分も1枚もらってきました。「東京」が漢字で書かれているのがおもしろいですね。
ある先生と毎週金曜日に行ってきたセミナーだが、今年度は今日から再開することになった。そこで、久々に教科書を開いてみたら…
しおりに貼っていた付箋の外へ出ていた部分がちょっと日焼けして、色が変わっていた(わかりづらいかもしれませんが)。たしかに、前回のセミナーをやったのは2月だったので。2か月なんてあっという間ですね。
ちなみにこのセミナー、今の教科書は2年半前に読み始めたのですが、時が経つとともにメンバーは1人減り、2人減り…そして「言い出しっぺ」の後輩も、この春大学院を修了して新任地(といっても学内)へ赴き、これからは先生と自分の2人になりました。読破を目指して、これからも、じっくり、楽しみながら取り組みたいと思います。
昨日はかなり暖かかったが、目のかゆみが強烈で、一日中目が赤いままだった。ゆうべ寝ている間もかゆくて、夜中に目を掻いたのを覚えている。
今朝も花粉症の鼻炎止めを服用したが、それが目にも効果があったのか、午前中は目、鼻とも昨日のような症状はかなり和らいだ。あるいは今日は自転車で来ていないので、昨日ほど花粉に当たらなかったからか?
お昼を過ぎて、この日記システムの不具合を直し、これを書いている間に、目、鼻とも再び症状が出始めているのに気付く。薬を飲もうか。
昨日は肌寒かったが、今日は朝からまずまずの天気。この陽気に誘われ、1月下旬以来玄関に停めていた自転車を引っ張り出し(いちおう先週末に点検はしましたが)、久々に自転車で仕事場へ向かう。
家の近くでは冷気が腕や胸をひんやりと冷やすが、陽が昇ってきたせいか、段々あたたまってくる。久々に外の風を切って走るのは気持ちよいものです。
途中立ち寄ったコンビニで、学部時代からお世話になっているコピーセンターの御主人に偶然会う。同じ学科の院生の人が製本を頼んだそうで、お世話になってます。