去る11日の土曜日から毎年恒例の研究室合宿に行き、昨日無事帰ってきました。
セミナーなどでいつもお世話になっている名誉教授の先生にも、ここ数年合宿に参加していただいています。この合宿では、参加者は全員何らかの発表をすることになっていて、先生は、年によって、現在の研究テーマの話をされたり、昔の研究にまつわるエピソードを話されたりしていますが、今年は「一冊の数学書」という題目で、先生が数学、特に専門の代数学の研究を目指すきっかけになった本にまつわるお話をされました。印象に残ったので、ちょっと長くなりますが、概要を記します。
先生が生まれたのは1930年(昭和5年)で、ちょうどこの頃から世の中の雲行きが怪しくなりだし、先生が旧制中学、今なら高校生の頃に戦争が終わりました。お兄様が3人いましたが、上の2人が出征し、2番目のお兄様はニューギニアで戦死されたのだそうです。
話は、終戦の年かその前年か、先生が今の高校生の頃の話です。3番目のお兄様は、工業高校で数学の先生をされており(それで招集を免れていたそうですが)、勤務が終わってから、高等数学の講習会に出席して勉強されていました。ある日、お兄様と机を並べて勉強していた親しい一人の人が、1冊の数学書を渡してこう言いました(会話文は先生の配布資料より)。
「今はとても難しくて読めない、将来機会があれば読んでみたいと思って置いた本だが、先日召集令状がきたのでその可能性も失われた。君に献上するから利用してくれたまえ。」
お兄様は、その数学書を託され、家に持ち帰りました。先生も、当初その本を開いてみたそうですが、そのときは歯が立たず、戦争が終わり、東京高等師範学校(今の筑波大学)を卒業する頃になって、ようやくその本を勉強し始めました。そして、それが、先生が代数学への道を志す決定的なきっかけになったということです。
お兄様に本を渡した人については、長年、詳細がわからなかったのですが、最近になって、別の古い数学書の間から、その人と思われる名刺が出てきました。それで初めて、その人の名前と、電力関係の会社に勤務していたということがわかったということでした。
先生は、話の締めくくりにあたり、こうおっしゃいました。
「今となっては、兄に本を渡してくれたその人が、戦争から無事帰ってきたかどうかもわからないが、その人が無事帰って来ていることを願っている。皆さんには、皆さんと(歳が)同じくらいかもっと若いような、たくさんの優秀な若者が、学業などの希望かなわず、戦争で死ななければならなかったこと、そのような人達の犠牲の上に、今の平和な時代があることを忘れないでほしい。そして、皆さんは、悩んだりするとき、自分は孤独だと思うかもしれないが、自分は決して1人ではなく、誰かとどこかで何かの縁があることをわかってほしい。」
戦争のために志半ばで勉強をやめなければならなかった(そして死への道を辿らざるを得なかった)人達のことを考えると、自分は、今やっている事も、いろいろな人との出会いなどの縁があって得られたものだし、せっかく与えられたチャンスをサボったりして無駄にしていてはいけないな、という思いを新たにしながら、先生のお話を聴きました。