2010-10-03

古文書、ブランデー、高原の村へ移動(9月7日)

アルメニアの日記、帰国からずいぶん時間が経ってしまいましたが、一応、忘れずに書いています (なかなか時間がとれないもので... ^^;) 2日目の分です。


本日から、会議の日程が始まりました。今日の会議は、国立科学アカデミー (National Academy of Science of Republic of Armenia) と、今回の会議を招聘した国立情報学研究所 (The Institute for Informatics and Automation Problems) の表敬の意味合いが強かったような気がしますが、アルメニアの計算機科学事情を知る上では貴重な機会になりました。

今日は、実質的な会議の開催地(後述)へ移動するため、朝、荷物をまとめて皆でマイクロバスに乗り、ホテルを出ます。エレヴァンの道路は結構車で混雑しています。

それと、写真に写っている信号機にちょっと見えるかもしれませんが、エレヴァンの信号機には、車両用、歩行者用の信号それぞれに「青の時間があと何秒」を示すカウントダウンの表示が、私が見た限りほぼすべての信号機についていました。昨年、韓国のソウルを訪問した際、歩行者用の信号機に同様のカウントダウン表示を見ましたが、エレヴァンはより徹底して興味深かったです。交差点によってはすぐに信号が変わるところもあったので、私のようなよそ者には便利ですね。

科学アカデミーに着き、中に入ります。私のカメラのレンズには収まりきらない大きな建物です。会議のレジストレーション(参加登録)を行い、名札やら予稿集やらバッグやらといった、必要なものを受け取りました。

参加者のうち、昨日日中までにエレヴァンに着いた人達はホテルに泊まりましたが、昨夜から今朝にかけてエレヴァンに着いた人達とは、ここで合流です。

科学アカデミーで会議を行った部屋の様子。大きな円卓のある、天井がドームのように高い部屋で、普段数学の会議をやるような部屋との格差(もちろんこちらが拡張高い!)に、同行の人ともども、ちょっと戸惑います。

プロジェクタのスクリーンは、ちょうど部屋の入口の上に位置しています。講演が始まってからの出入りは、ちょっと勇気が要りますね。

本来であれば、会議の内容も詳しく書きたいところですが、今はとりあえず先を急ぎましょう。科学アカデミーでは、招待講演として、アルメニアの計算機科学分野の研究について、歴史やこれまでの主要な研究成果、現状に関する話がありました。

招待講演が終わると、科学アカデミーを後にして、次は国立情報学研究所に向かいます(バスから撮ったので、バスのサングラスの青色が写っています)。現地の人によると、現在の建物は、1970年に建てられたのだそうです。自分とほぼ同い年だ(私は1971年生まれ)、と言ったら笑っていました。

こちらでは、研究所の先生方から、研究所の沿革や、現在の研究分野についての説明がありました。昨今「グリッドコンピューティング」が世界的に盛んになっていますが、アルメニアでも、自国やEUなどの資金援助をもとに、グリッドのネットワークを構築しているようです。

さて、今日のお勉強はこんなところでおしまい。研究所で昼食の後、まずはマテナダラン (The Matenadaran, 国立古文書館) へ行きました。玄関に座っている人物(像)は、聖メスロプ・マシュトツ (St. Mesrop Mashtots) で、アルメニアの文字を作った人です。

ここから坂を上って建物に入ります。

建物は小高い丘になっていて、玄関前からは周囲を見下ろすことができます。

さて、もともと「マテナダラン」は、アルメニア語で書かれた写本を保管する建物の一般的な呼び名で、主にアルメニア周辺の地域にたくさんあったものですが、近代以降、国レベルで古文書の収集が進み、第2次世界大戦後に、国立古文書館になったということです。

今回は、ロシア語のガイドと英語のガイドの2グループに分かれて、中の展示品(写本)を見ました。たくさんあって写真に撮りきれませんでしたが、以下、一部を紹介します。

薬草に関する書物。ハーブのたぐいのようです。キャプション(字幕)がピンぼけですが、18世紀頃の本のようです。

アルメニアの音楽に関する書物。キャプションによると、13〜14世紀の本のようです。

同じく、音楽に関する書物。音階などが書かれているものでしょうか。

...と、ここで、私のカメラの電池が切れてしまいました!昨年、バッテリーを買い替えたのですが、何せ、何世代も前のカメラですので、100枚くらいが限界のようです。というわけで、今日の残りの写真は、携帯電話によるもので、ピンぼけ手ぶれ出まくりで恐縮ですが、引き続きご覧下さい。

展示品には、アルメニアの古文書の他、外国の元首から贈られたような、各国の貴重本もありました。日本語の本で展示されていたのが、1812年の「北斎漫画」。

さて、マテナダランを出て、次に向かったのが、アルメニアのブランデー工場として有名な「エレヴァンブランデー工場 (Yerevan Brandy Company. トップページでは、あなたがその国で飲酒可能な年齢に達しているかどうか尋ねられます。webサイトを進むと音が鳴るので注意)」です。

アルメニアに行く直前の下調べで初めて知りましたが、ブランデーはアルメニアの名産品の一つです。かつては「アルメニア・コニャック」とも呼ばれましたが、現在「コニャック」は、フランスのしかるべき地域でしかるべき工法で造られたもののみが名乗ることを許されているそうで、現在はアルメニア・ブランデーと呼ばれるのが一般的のようです。そして、これから訪ねる工場(会社)が、アルメニア・ブランデーの最大手です。

ここでは、女性のガイドさんが、工場の中を案内してくれました。ブランデーは、ぶどうの果汁を発酵、蒸留した原酒を、何種類かブレンドし、樽の中で熟成させることで作られます。ここのブランデーは、発酵や蒸留の工程は、エレヴァンとその周辺の地域で行っていますが、ブレンドと熟成の工程は、この工場のみで行っているそうです。

生産量は、2008年が(750ml換算?)約1,200万本、その後世界的な経済危機により、2009年は約900万本まで落ちましたが、今年は生産量が上向いているとのことでした。生産量のうち、9割以上が輸出されるそうです。

アルメニアは隣国のアゼルバイジャンと領土に関する問題を抱えていますが、こちらは、アゼルバイジャンとの紛争の停戦を記念して作られた「平和の樽 (Peace Barrel)」です。訪れた人達がたくさんサインをしていっています。アルメニア国内で唯一、アゼルバイジャンの国旗が掲げられている場所とのことでした。

工場の奥にあるのが「VIPのmy樽」の列です。ここには、各国の要人や芸術家などの、個人の樽が収められています。一度樽に入れられた原酒は、所有者本人(生前)、家族や遺族の立ち会いのもとでのみ、ブレンディングや試飲がされ、それ以外の時は厳重に保管されます。

これらのmy樽の中で最も有名という、ロシアの故・エリツィン元大統領のmy樽です。

そして、この列の一番奥には、工場で現存する最古の樽がありました。ガラスのケースに入った2つの樽は、1902年に仕込まれたものだそうです。今年で108年もの。

その樽のそばには、昔の事務机の再現とおぼしきセットがあり・・・

その机の上には、日本の「タイガー計算器」とそっくりな、手回し式卓上計算器がありました。旧ソ連製でしょうか?

さて、樽の蔵の見学が終わりますと、次は資料室みたいな部屋へ。

部屋の一番奥の机の上にある瓶、これは、先程見た、工場最古の樽から取り出したブランデーだそうです。今年で108年もの。品質には問題ないそうですが、味はどんな感じでしょうか。

部屋の中程にあるキャビネットには、この工場に残る歴代のブランデーが飾られています。

その中にあった1本。第2次世界大戦末期に行われたヤルタ会談で、イギリスのウィンストン・チャーチルが、ソ連のスターリンからアルメニアのブランデーを勧められたところ、その味にいたく感動し、以降、毎年400本とか、毎日1本飲めるだけの本数がチャーチルのもとへ送られたという話がありましたが、これが、チャーチルに送られたのと同じ "ドゥヴィン (Dvin)" というブランドのボトルです。

案内の人によると、チャーチルに送られた本数は毎年360本と言っていました。あと、もう一つ聞いたエピソードでは、チャーチルにブランデーを送っている期間中に、工場の主任ブレンダー(ブランデー調合の責任者)が収容所送りになり、ブランデーの味が落ちたことに気がついたチャーチルが、スターリンにその理由を尋ねたところ、スターリンからは「主任ブレンダーがシベリア送りになっている」という答えがありました。そこで、チャーチルが、ぜひブランデーの味を元に戻してほしいとスターリンに頼んだところ、その主任ブレンダーはあっという間に収容所から釈放されて工場に戻り、勲章まで授けられたということです。

さて... ブランデー話が延々続いてしまってすみません(まだ続きます)。工場見学の後は、試飲タイムとなりました。3年もの、10年もの、20年ものを試すことができました。

3年ものは、もちろんおいしかったですが、アルコールの刺激が強い、いわゆる「若造り」という印象がありました。これまでに飲んだことのあるブランデーとも似た感じです。しかし、10年ものは、そのような刺激がなく、私がこれまでに飲んだブランデーにはないまろやかさで、非常に驚きました。そして、20年ものになると、もっとまろやかさが増していました。当初、おみやげに買うのは3年ものくらいかなあと思っていたのですが、この試飲で10年ものに変更。20年ものは、さすがに値段が高そうということと、あまりにもまろやかですいすい飲み過ぎそうなので・・・

ちなみに、隣に座っていたドイツの若い人は、1滴も飲んでいなかったので「飲まないの?」と尋ねたら「うん。やっぱりビールが最高」との答えでした (^^) そこで、こっちはブランデーを飲みながら、ドイツのビールの話で盛り上がったりして・・・

試飲の後は、お約束のお買い物です。私は、自分の実家、かみさんの実家、そして自宅用に、10年もの (「アフタマール (Axtamar)」というブランド) 250ml の小瓶を3本買いました。1本 5,000 AMD (アルメニアの通貨:ドラム)、日本円で1,000円ちょっとでしょうか。日本で買うと(そもそもアルメニアのブランデーを見かけたことがないのですが、webの情報で)500mlで6,000円前後のようですので、かなりお買い得感がありました。

そんなわけで、お買い物も終え、ブランデー工場を後にした私達は、会議の本格的な開催地である場所に向かいます。エレヴァンから50kmほど離れた、ツァカゾール (Tsakhkadzor) という村です。事前に得た情報 (村のホームページ) によると、小高い高原にあり、スキーのリゾート地として知られ、云々・・・といった感じですが、Google Maps でも道路は1本しか描かれておらず、どんな場所か実感が湧きません。

高速道路でエレヴァンを出ると、エレヴァンも標高1000mくらいの高原にあるわけですが、どんどん上り坂を登っていきます。道路の周囲は四方、なだらかな大地で、はるか向こうに山が見えます。

こんな景色が延々と続きます。

日本の風景と比べていちばん奇妙だったのは、視界の奥に広がる山や大地に、木がほとんど生えていないことです。茶褐色のはげ山、もしくは、鉄道模型のレイアウトを作る際に(自分は実際に作ったことはありませんが)、木を植える前の状態の山、といった感じでしょうか。

... と、急な上り坂を登っていたら、だんだんバスのスピードが落ちてきて、止まってしまいました!故障したのでしょうか、ガス欠?エンジンがまだかかっているからガス欠ではなさそうだけど・・・アナウンスもないし、乗り込んだ私達はそれぞれ話し続けています。ま、きっとどうにかなるでしょう!バスが動かなくなったら迎えのバスを呼ぶかもしれませんし、まだ日没までは間がありそうなので、何とかなるだろう・・・と開き直れるあたりが、日本とは大分違う感じでおもしろいです。日本ではきっとこうはいかないだろうな・・・と。

そう思っているうちに、バスは威勢のよいエンジン音をあげて再び走り出しました。といっても景気がいいのは音だけで、たぶんギアを1速で走っているのでしょう、スピードはほとんど駆け足程度です。上り坂が続いて息切れという感じ。先の道を見ると、上り坂が途切れていて、間もなく峠のようです。それ、あと少し・・・と祈る気持ちで前を見ていたら、ようやくバスは峠を越えて下り坂に入り、今度はさっきの調子がウソのように、びゅんびゅん飛ばし始めました。

そうしているうちに、高速道路を降り、一般道で山に入り始めました。住宅地を通ります。

そして、ようやく、会議&宿泊場所のホテルにたどり着きました。

ホテルにチェックインして自分の部屋に入りました。バルコニーからの外の景色です。ホテルは坂の上にあるようで、大変見晴らしがいいです。階下に村が広がっている感じです。はるか向こう、山のふもとにある白い固まりは、ふもとの街のビル群です。高速道路はあの近辺で降りて、山を上がってきました。

荷物を置いたら、早速ディナーということで、部屋を出ようとしたら、なんと部屋のドアの取っ手が壊れてしまいました!幸い、レセプションに連絡したら、係のおじさんがやってきて、すぐに直してくれましたが、ドアのネジ穴や金具のへこみ具合からして、このドア、それなりに具合は悪そうですね。ドアにちょっと同情します。なお、錠前は、先日ドイツで泊まったホテルと同じく、鍵を2回転させて施錠/解錠するものでした。

ドアを直してもらい、レストランに行ったら、皆さんすでに盛り上がり始めていましたが、ディナーでもいろいろな話で盛り上がり、気がついたら大分時間が経っていました。さっさと寝て翌日に備えることにします。

最後に今日の行程の記録を載せておきます。
より大きな地図で CASC 2010: September 7 を表示

2010-09-18

夜のエレヴァン(9月6日)

エレヴァン到着初日。なんせ昨日からほぼ徹夜状態ですので、とりあえず午前中ちょっと寝て、午後もホテルの部屋で休憩したり、到着までの記録を書いたりしていました。

今日は夜に歓迎のパーティーがあるとのことでしたが、午後にレセプション(フロント)から電話が入り、7時にタクシーが迎えにくるからロビーに集まれとのこと。6時過ぎにホテルを出て周辺をうろつきます。

町中の通りの建物は、全体的に、ピンクがかった茶色の石造りといった感じです。

その後、ホテルに戻ってロビーで待っていると、顔見知りの参加者の方々に次々と再会。挨拶して旧交をあたためます。

さて、10人程集まってタクシーに分乗し、いざ出発!と思ったら、タクシーが出ません。どうも、自分たちの前に止まっているタクシーが駐車違反で警察に捕まって、つっかえているみたい。10分かそこら待って、ようやく出発です。

タクシーは丘を登っていきますが、なかなか着きません。...と、運転手さんが車を停めて、道端のおじさんにレストランの場所を尋ねているではありませんか。以前「アルメニアのタクシーは時々道端の人に道を尋ねる」という情報を目にしていましたが、どうやらこれは本当のようです。前の席の参加者の人曰く「レストランが新しくて地図に載っていないらしい」。本当かどうかはともかく、タクシーはUターンして丘をちょっと下り、ようやく目的地のレストランに着きました。他のタクシーと皆さんはすでに着いていました。

歓迎パーティーの食事は、伝統的なアルメニア料理ということでしたが、最初はパンと前菜(生野菜やおそうざい、チーズなど)からスタートします。野菜や果物は驚く程日本のスタイルによく似ていました。特にトマトはそっくりです。キュウリは日本のより固くて乾いています。ウリ系の野菜が多く、ナスのいためものもあります。チーズは西欧並みにたくさん種類があり、どれもおいしいです。

前菜が一段落すると、肉料理が出ます。こちらも味付けは日本で食べる肉料理とそれ程大差ありませんが、ボリュームはあります。大体の料理が、大皿から各自好きなだけ取り分けるシステムになっています。場合によっては、メインの料理が2枚出たりして、量は非常に多いのがちょっとびっくりです。もちろん、好きなだけ取り分ければよいので問題はありませんが。

そして、デザートの定番は、スイカとメロンです。こちらも日本のものと非常によく似ています。甘みもたっぷりでおいしかったです。うちのムスメはスイカもメロンも大好きなので、もしこんな大皿を出したら、ごちそうさまをさせるのに非常に苦労することでしょう。あとは、紅茶かコーヒーが(希望に応じて)出て、おしまいのようです。

それから、食事の際のお酒はワインが標準的のようですが、こちらの赤ワインは非常に甘くてまろやかな味で、逆に白ワインは辛くてしまった味のものが多かったです。アルメニアはワインも独特のよいものが多いそうです。

さて、楽しかった宴も終わり、今度はホテルまで歩いて帰ることになりました。せっかくですので、エレヴァンの中心地を通って帰ることにします。

で、やってきたのが、エレヴァンの中心である共和国広場。広場を円形に囲むようにビルが建っています。これらのビル群、アルメニアがソ連の一部になった1920年代から建てられたのだそうで、最初に、アルメニアを代表する建築家アレクサンドル・タマニアンの設計によって、政府庁舎(写真左側、塔の上部に大きな時計のある建物)が建てられ、その後、彼の弟子達によって、同じようなスタイルで、広場を囲むようにビルが次々に建てられたのだそうです。

共和国広場では、音楽の流れる噴水もあり、夜10時過ぎでしたが、大勢の人達でにぎわっていました。子供達もたくさん夜ふかしです。

共和国広場を抜けて、数百メートルの歩行者道路を歩きます。ここも、大勢の人達でにぎわっています。通りに面したビルの数々、写真では、上層階の窓は明かりが消えているように見えます。

しかし、実は、明かりが消えているのではなくて・・・窓がないんです。内装もありません。つまり、これらのビルのほとんどが、建設が途中で止まったままなんです。通りに面したほとんどのビルがそうでした。同行したロシアの人曰く、一昨年からの金融危機の影響で、ビルの工事がストップしたままなんだとか。この後も、アルメニアでは、行く先々で、工事の止まったビルや家々を目にしましたが、首都の大通りで、いかにも豪勢な新しい石造りのビル群が工事が止まったままというのは、異様な光景でした。

さて、その通りを抜けると、オペラハウスの近くの公園にたどり着きました。公園にもオープンカフェがたくさんあり、この時間でもたくさんの人達が繰り出しています。

公園にあったのが、アルメニアの作曲家、アルノ・ババジャニアンの像です。私は初めて名前を聞きましたが、旧ソ連圏では誰でも知っているような大作曲家のようです。像全体は、写真の右側に、グランドピアノを象徴するようなレリーフが広がっており、本人の部分は、ピアノの鍵盤に向かっているかのようなポーズで、なかなかおもしろい作品でした。

そして、オペラハウスの周りには、アルメニアの作曲家3人の銅像があるとのことで、その中でも特に有名なアラム・ハチャトゥリアンを探しました。ハチャトゥリアンの名前は知らなくても、「剣の舞」と聞けばわかる方もいると思いますし、バンクーバーオリンピック冬季大会で、フィギュアスケートの浅田真央選手が演技に使った「仮面舞踏会」と聞けばわかる方もいるかと思います。

オペラハウスをぐるっと一回りしたら、ようやく、ハチャトゥリアンの像を見つけました。さすが、正面玄関前にありました。

近寄ってみるとこんな感じです。台座の文字は、彼の名前のアルメニア語の表記です。アルメニアのアルファベットはまだちょっと読めそうにありません・・・

さて、こんな感じで、最初の夜のエレヴァン観光は終了です。明日は会議とエレヴァン市内の観光を経て、会議のメイン開催地となる小さな村へ移動します。

追記 (10月3日): 今日、パーティーの後で歩いた部分の行程です。
より大きな地図で CASC 2010: September 6 を表示

2010-09-06

アルメニアへ到着

今回、仕事(国際会議)で、アルメニア共和国の首都エレヴァンに来ました。

アルメニアといいますと、吹奏楽ファンの方でしたら「アルメニアンダンス」という曲を思い浮かべると思いますが、そのアルメニアです。日本語の情報はまだかなり少ないと思いますが、それでもwebを検索すると、いろいろ書いている方もいらっしゃいまして、私も参考にさせていただきました。

会議は実質あすからということと、今日はまる一日の旅の後ということで、今日はホテルで一休みして、私が経験したアルメニア行きの情報をちょっと書きたいと思います。

まず、日本からアルメニアへの行き方について。いろんな情報を見ると、ロシア経由で行くのが多そうです。私は、Star Allianceの便を選んだら、オーストリア航空でウィーン経由となりました。

所要時間は、東京からウィーンまで約12時間、乗り継ぎに約5時間、ウィーンからエレヴァンまで約3時間といったところです。東京を朝出て、ウィーンに夕方に着き、エレヴァンまでは夜行で、朝5時前に着きます。

ウィーンでの買い物について。いきなりですが、私は(かみさんともどもですが)、以前オーストリアに行った時に Bailoni という、あんずリキュールにはまってしまい、日本ではなかなか手に入らなかったので、ウィーン国際空港の免税店でgetすべく策を練っていました。

ところが、日本からの飛行機も到着する、シェンゲン協定非加盟国用のターミナルは、免税店も小さく、品揃えもシェンゲン加盟国のターミナルの売店程はありません。そこで、1度ウィーンに入国してシェンゲン加盟国のターミナルに行き、そこでお目当ての物を買って、出国すればよさそうです。(「そうです」と書いた理由は後述)

国際線の液体の持ち込み制限に引っかからないかが心配だったのですが、売店の人に尋ねたところ、売店で買った品物に封印をしてもらい、非シェンゲン加盟国用ターミナルから、乗り継ぎなしで最終目的地に行く限りは、大丈夫のようです。先程「そうです」と書いたのは、まだ実際にやって確認したわけではないので、帰りにやってみます。

ウィーン国際空港のオーストリア航空ビジネスラウンジについて。エコノミークラスでも、当日の搭乗券を持ち、35ユーロ払うと、ビジネスラウンジが利用できます。支払方法はクレジットカードのみだそうです。オーストリア航空のホームページに情報がありました。

ウィーン国際空港は、ターミナル内全域で無線LANが無料で利用可能です。ビジネスラウンジでは、飲み物、スナック類、ケーキなどのお菓子、軽食を自由にとることができます。テーブルを使えるので、パソコンを使うには便利ですね。私がウィーンに着いた夕方はまだすいていましたが、夜になって大分混んでいました。

追記 (9月18日): 現在、ウィーン国際空港では、新しいターミナルの建設が進んでいます。ビジネスラウンジから見た、工事中のターミナルです。

エレヴァンへの乗り継ぎ。ウィーン国際空港のセキュリティチェックは、搭乗直前、各搭乗ゲートの手前にあります。

セキュリティチェックを通って、搭乗ゲート前の待合室に行きます。今回の便はほぼ満席で、同じスポーツウェアのユニフォームを着た、何かのチームらしき若い男性の一団もいました。

エレヴァンへの機内では、搭乗後すぐに食事が出ました。夕食というよりは夜食ですね。機内食を見越して夕飯はとらず、軽食ですませており、おなかがすいていましたが、おいしかったです。ただ、何せ眠かったので、あまり覚えていません。その後、1時間程爆睡すると、飛行機は間もなく着陸態勢に入りました。

エレヴァン・ツヴァルトノツ国際空港は、ターミナルが数年前に新しくなったとの情報を見かけましたが、たしかに今時の空港でした。

ターミナルからエスカレータを降りると、まず両替。(追記:9月18日)両替は、後述のビザをとるのにも必要です。

次に、たいていの外国人はビザが必要ですが、

入国審査の手前にビザの発給カウンターがあり、事前にビザを取っていなくても、そこで取れます。(追記/9月18日: 入国審査前のビザは有料だと思いますので、実際に取得される方は手数料をご確認下さい。)あと、e-Visaというのもあり、webですべて手続き可能なビザもあります(追記/9月18日: こちらは手数料の支払いにクレジットカードが必要です。)。今回私は、事前にe-Visaを取ってきました。

それから入国審査になります。

入国審査を無事通過すると、なぜか免税店を抜けて、

手荷物を受け取ります。あと、いくつかの携帯電話会社のカウンターがあり、外国人は、そこへ行ってパスポートを見せるとプリペイドSIMカードをもらえます。私は VivaCell-MTS のカウンターでもらいました。詳細は会社のwebページで確認できますが、私が手にしたのは "Alo We" という料金プランで、AMD 400(400アルメニアドラム)分の通話料がチャージされています。

手荷物を受け取ると、バゲッジクレームタグを回収されます。私のタグを回収した男性は気さくなおじさんで「お、日本人か。ヤクザか!?」と笑って刀をヒュッヒュッと振り回すまねをして、こっちも「いやいや〜」と笑って答えてました。その先は税関の申告ですが、大体の人は素通りのようでした。

最後、出口の手前で「タクシーは要るか?」と訊かれて、見ると、タクシー会社のカウンターがありました。ズヴァルトノツ国際空港のホームページによると、空港で営業を認可されているタクシーは唯一 "Taxi Tour" という会社のみだそうで、ここのカウンターがその Taxi Tour のカウンターでした。私は今回、別の迎えを確保していましたので断りましたが、過去にアルメニアに行かれた方の情報には「白タクは非常にしつこいので注意」という内容の記述がありましたので、タクシーが必要な人は出口の前で Taxi Tour に頼むというのが安心かもしれません。

2010-06-15

オーバーホール完了

前回「オーバーホール」というタイトルで記事を書いたら、ホルン吹きのお仲間に「オーバーホールと聞いて(見て)、楽器かと思いました!」と言われました。たしかにそうですね、楽器のオーバーホールのことはすっかり忘れていました(←いいのか、自分)。ま、今度の話は自転車のセミ・オーバーホールということで、お願いしてから2週間程経ちましたが、このほど、お店より作業完了の連絡を受け、受け取りに行ってきました。

で、出来上がりの自転車(写真)がこちらです。背景にお店の名前も写っているので、紹介しますと、つくばのBIKE SHOP FORZAさん、イーアスつくば店です。前回の記事の通り、自転車の駆動部はほとんどの部品が交換され、チェーンもブレーキワイヤーもピカピカになりましたし、タイヤにもサイドに赤いラインが入って、ちょっと締まった外観になったのではないかと思います(いや、これはたまたま修理をお願いした時に在庫のタイヤがこれっきりだったのですが、結果よしとしましょう!)。ついでに、乗り始めて5年半程経ち、黒の車体にちりが大分目立っていたのも、すっかり拭き取っていただき(ちょっとお恥ずかし〜)、ピカピカ〜といった感じになりました。

見えない部分にも大分手を入れていただいたようで、ブレーキの動作や車輪の回転もずいぶん滑らかになったようです。季節はあいにくの梅雨となりましたが、晴れ間を見つけて、とりあえず通勤から、乗り出したいと思います。

・・・と書きつつ、お店のブログをチェックしていたら・・・なんと、お店の前で担当さんに撮っていただいた写真(自転車と私の全身^^;)がさっそくブログに載っているではありませんか!早っ!というわけで、担当のさとうさん、ありがとうございました!

P.S. 一応、興味のある方に申し添えますと、私の自転車の型式は、SpecializedのSirrus A1、2004年購入です。「クロスバイク」と呼ばれる車種の、入門クラスの自転車ですが、入門とはいえ、造りはしっかりしており、その辺のいわゆる「ママチャリ」よりはずっと軽く、走りやすいです。お店に持ち込んだ時「なつかしい型ですね〜」と言われて、へぇ〜!?と思ったのですが、いまどきのSirrusなどはフレームがカーブしてるんですね。たしかに時代が変わった(笑)ことを感じます。最近は、週2日程度、片道10kmちょっとの通勤路を走っています。乗り始めて6年目の割にはかなりサボっていたので、走行距離はそれ程ではありませんが、セミ・オーバーホールで新品同様(少なくとも感覚的には)に生まれ変わったことは確かです(これから確かめます)。

2010-05-27

オーバーホール

自転車の後輪のタイヤがパンクしたということで、今日、時間ができたので、自転車を買ったお店の系列店に持って行って診てもらいました。

すると、タイヤの他にも、いろいろ交換や整備をした方がよいパーツを指摘され、セミ・オーバーホールをすすめられました。たしかに、買って6年目ですし、最近まで(乗るのを)サボっていたとはいえ、それなりの距離を乗ってきましたから、長持ちさせるためにも、メンテナンスは必要でしょう。というわけで、セミ・オーバーホールをお願いすることにしました。

セミ・オーバーホールの内容は、こんな感じです。

  • 前輪、後輪のタイヤ、チューブの交換
  • 前輪、後輪のリムテープの交換
  • 前輪、後輪のホイールのベアリングのメンテナンス
  • チェーン交換
  • 後輪のギア交換
  • ブレーキと変速機のワイヤ交換
というわけで、駆動系は変速器を除くほとんどの部分に手が入ることになりそうです。納期は約1週間。わが車の復活に期待したいと思います。

2010-05-25

自転車のタイヤがパンク

今日は自転車で仕事場へ行きましたが、一日さわやかな陽気で、なかなか気持ちのよいものでした。

・・・そんな余韻に浸りながら、夜、家へ帰ろうと自転車を出したら・・・後輪がなんだか変。どうもタイヤがパンクしたらしい。 パンクは以前にも経験があり、今回は3度目ですが、前回のパンクで予備のチューブも使っており、どうしようもないので、急きょ、バスで帰ることにしました。

そして乗ったのが、夜9時半頃に大学を出て土浦駅へ向かうバスですが、なんと混んでいること!座席も通路もいっぱいで、ほとんど朝9時前後のバスといっしょでないですか!これにはびっくり。そして、乗り換えのため、つくばセンターで降りたのですが、ほとんどの人がつくばセンターで降りたのにもびっくり。自分のようにバスの乗り換えの人もいるんでしょうけど、つくばエクスプレスで電車で帰る人も結構いるんでしょうね。

ついでに、つくばセンターからひたち野うしく駅に向かうバスにも、結構人が乗ってましたね〜。そんな観察をしながらの家路でした。

2010-05-02

国営ひたち海浜公園

「さいたまホルンの会」の翌日は、かみさんの家族が訪れ、国営ひたち海浜公園に行くことにしました。去る1月に「ほしいも」の買い出しでひたちなか市を訪れ、その際に入口だけちょっと通り過ぎたので、今回行ってみることにしました。

行ってみると、ものすごい人で、よくまぁこの広い場所にこれだけの人が集まっているものだと思いましたが、この時期、目玉となっている「ネモフィラの丘」は、やはり行ってよかったと思えるものでした。

2010-05-01

「さいたまホルンの会 集い」に出てきました

既報の通り、「さいたまホルンの会 集い」に参加、出演してきました。

会場となった「プラザノース」は、さいたま市北区の施設で、区役所、図書館、ホール、アートギャラリーなどが集まっています。建てられて間もない(図書館の入口に「開館2周年」の張り紙があった)ようで、大変新しく、きれいな施設でした。建物全体、バリアフリーにも配慮されているらしく、ホール楽屋の廊下や階段も、ふつうは狭い狭いものですが、ふつうのホールより、かなり寸法を広く取っている印象を受けました。

午前中は、各団体のリハーサルに続いて、最後のマス・クワイア(全体合奏)のリハーサル。リハのスケジュールがちょっと早めでしたが、スタッフの人が親切に連絡に来てくれたり、運営の方々のご苦労がしのばれました。ステリハも、ステマネをはじめ、スタッフの方々が、和やかに、かつキビキビと動いていて、こういう状況は久々だったので、わくわくしながら緊張感を覚えました。

全体合奏のリハーサルは、学生の時以来、十うん年ぶりだったものですから、かなり感動しまくっていました。こういう機会があったらぜひまた出たい(出るしかない!?)、うちのアンサンブルも、機会が許す限りぜひ出るべきだ、やみつきになりそう、と思いながら、初見の「ローマの松」の休みの小節を見失わないように数えていました。

午後の本番は、さいたまホルンの会の皆さんによる大編成のオープニングの後、プログラム順ではしょっぱなで、5人で舞台へ出ていきました。自分自身の出来は、今から振り返るといろいろありましたし、なにより結構緊張していたものですから、覚えていない部分もかなりありますが、久々にお客様の拍手をいただいたことと、舞台袖に下がったとき、プロの先生方も含め、舞台袖の皆さんにも拍手をいただいたのが、とっても嬉しかったです。

コンサートの司会も、同会を指導されている先生方が交代で務められ、コメントを入れられたり、休憩時間は、お客さんがステージに登ってアルプホルンの試奏をするなど、単なるコンサートに終わらず、交流会のような雰囲気がいいなーと思いました。

また、今回は、同会を指導されているプロの方も多数出演されましたが、これも、自分にとって、久々に貴重な機会になりました。プロの方と同じステージに立つというのは、単に客席で演奏を聴くことでは得られない、たくさんのものを得る機会です。プロの方々の演奏が、どのように客席で聞こえるかということは、客席で聴けばわかりますが、そのような聞こえ方のために、どのように音を出しているかということは、すぐそばで聴かなければわかりません。ウォーミングアップしているのをそばで聴いたり、本番の演奏を舞台袖で聴いたりするだけでも、ずいぶんと刺激になります。今はまだ、どこがどう、と、具体的な部分までわかったわけではありませんが、それでも、学生の時に比べると、耳が肥えた、というか、大事だということはわかるようになったかな、と感じました。

そんなわけで、全体合奏までなんとか吹き通して、充実した一日でした。企画・運営をされた、さいたまホルンの会のみなさまや、今日のステージに集まった各団体の方々に感謝申し上げます。

そして、個人的には、ここまで集まってくれた、suikenzのメンバー(出た人も出なかった人も)に、感謝いたします。この7年近く、いろいろありましたが、今回の演奏は一つの大きな成果だと思います。7年近くかかって、ようやく、階段1段を登った感じですし、次がいつになるか、どうなるかは未定ですが、これからも、またいつものように、楽しみながら演奏に取り組んでいきたいと思います。

2010-04-29

「さいたまホルンの会 集い」に出演します

私が所属しているホルンアンサンブルが、初舞台を踏むことになりました。

第6回 さいたまホルンの会 集い
日時:2010年5月1日(土)13:00開場/13:30開演
場所:さいたま市地域中核施設 プラザノース ホール
埼玉県さいたま市北区宮原町1丁目852番地1
http://www.plazanorth.jp/
アンサンブル参加費:1,000円(税込)/高校生以下500円(税込)
入場料:無料
<プログラム>
一般の部(大学生、社会人、高校生、中学生など)
プロの部(特別ゲストあり!)
さいたまホルンの会有志 マーラー:交響曲第3番フィナーレより
全体合奏 レスピーギ:「ローマの松」よりアッピア街道の松
お問合せ:090-6347-9825(飯島)/ amino <at> lba.tamagawa.ac.jp(網野)

場所ですが、埼玉新都市交通伊奈線・ニューシャトル「加茂宮(かものみや)駅」下車、徒歩約5分ということです。大宮から「ニューシャトル」に乗って2駅目、「鉄道博物館」の次です。

私達の団体、名前は「ホルンアンサンブルsuikenz(スイケンズ)」といいます。suikenzというのは、メンバーの母体となった、旧図書館情報大学吹奏楽研究会、略称「吹研(すいけん)」が由来です。これを複数形にして、ついでに複数形がsだと平凡なので、ちょっとひねって(反転して?)zにした、という具合です。

結成したのは2003年、もうすぐ満7年になりますが、紆余曲折を経て、どうやら団体も存続し、ようやく、イベントに出演という形ですが、公開演奏をする運びになりました。

イベントは13:30開演ですが、私達の出番は、どうやら開演早々のようで、しかも演奏時間は5分程度です。もし、suikenzを聴いてやる!という、ありがたい方がいらっしゃいましたら、どうか開演時刻に間に合うようにお越しください。

当日は老若男女(は言い過ぎか?)のホルン吹きが参集し、一般の方にとっては、ホルンの醍醐味や奥深さを知るのにはよい機会ではないかと思います。私自身はといいますと、このようなイベントに出るのは、学生時代に足を運んで以来、かれこれ15年ぶり!くらいで、皆さんとうまくやれるか、不安もありますが、楽しんできたいと思います。

東京タワー

連休初日、東京タワーに登ってきました。

理由は、うちのムスメにも、そろそろ東京タワーを見せてやりたいと思ったのが大きいです。最近、車から見える、赤白塗り分けの鉄塔を指差して「あれとうきょうタワー?」と聞くようになったもので、さすがに本物を見せなきゃ・・・、というわけで。

自分自身は久し振りでしたが、下のビルの中は、オープンから半世紀を経ているはずですが、内装などは今時で、時代とともに進化を続けているという印象を受けました。

まず、ビル1階のエレベータに並んで、大展望台に登ると、結構な混雑。でも、混んでいるのは、大展望台の2階で、喫茶店がある1階は大分すいています。特別展望台へ登るエレベータのチケットは、大展望台で買うのですが、整理番号がついていて、大きな病院の薬局のように、番号で呼ばれる仕組みになっています(番号は、展望台の随所にあるテレビで確認できます)。チケットを買った段階で1時間待ちとなっていたので、喫茶店でしばし休憩。

窓の外を見渡すと、マンションなどでも、大展望台とほぼ同じ高さのビルが結構目について、驚きました。あと、最近話題になっている東京スカイツリーも見えました。ただ、大展望台からの眺めは、周りのビルに囲まれて、そんなに目立ちませんでした。

そうこうしているうちに、意外と早くエレベータの順番が回ってきて、特別展望台へ登りました。両展望台も、内装は、やはり時代とともに進化しているようでしたが、エレベータ入口のライトや、現在位置を示す電光表示などは、たぶんオープン時のままで、時代を感じさせるものでした。そして、100メートル登るだけで、大半のビルを見下ろす眺めになったことに驚き、さらに、東京スカイツリーだけが飛び出して、その存在感を増していることに驚きました。

展望台から降りて、ビル屋上の遊園地でひとときを過ごしましたが、屋上に何本も立っているアンテナの一部が、真上を向いていることに初めて気付きました。たしかに、送信元はきっと真上なんでしょうねぇ。

2009-10-04

庭仕事

・・・という程でもないですが。うちの庭(駐車スペース)は、コンクリートと砂利の面がありますが、砂利は土の上に自分で敷いたので、作業から大分経ち、すぐに雑草が生い茂ります。

草取りはかみさんがしょっちゅうやってくれているのですが、特に夏などは結構大変なので、この秋口から、砂利の敷き直しを始めたところです。

今日の午後は、かみさんが、吹奏楽団の来週の演奏会に向けた練習で出かけて、自分はムスメとお留守番になったので、この砂利敷きの続きをやることにしました。

前回砂利を買ってきたホームセンターに出向き、砂利を購入。土のう袋1袋税込み315円。あとは好きなだけ詰める。といっても詰め過ぎると持てなくなるので、量は程々に(といっても8分目くらいは詰めます)。今日はムスメも素手で砂利をすくってお手伝い。エラい、というか楽しいかな!?

砂利積みが一段落した後は、ホームセンターのフードコートでおやつ。ムスメは抹茶フロート。えっ抹茶食べるの?と聞くと、うん、と言ってるけど、先行きを見越して私はマンゴーフロートを選ぶ。上に乗っかっているアイスがほとんどなくなった頃に「オレンジのアイスたべる〜」とスプーンが延びてくる。これマンゴーなんですけど・・・案の定、アイスの後はカップを交換。

その後、帰宅。ムスメは帰りの車で寝てしまう。ムスメを家に寝かせてから仕事。ワゴンRの荷台に積めたのは3袋でした。

そして、前回敷き直した場所の続きから。これまでの砂利をある程度払い、防草シート(芝生や砂利などの下に敷いて、雑草が生えるのを防ぐシート。ずいぶん前にホームセンターで購入)を敷き、その上に、これまでの砂利と新しい砂利を敷いていきます。写真の手前がこれまでに砂利を敷き直した部分で、奥の方へ向かって作業を進めていきます。

今日の進度は45分で2メートル弱、使った砂利は土のう袋約1袋分。砂利は結構使います。あと何回かは買い出しが必要でしょう。頑張りましょう。

最後に、今日のおまけ。最近、ムスメがチョークをgetしました。お庭のお絵描き用です。ただ、チョーク入れがなかったので、この機会にと、同じホームセンターでケースを買ってプレゼントしました(右側の袋は、チョークを買ってきた時のもの)。自分が仕事場で使っているのと同じようなものです。これからのムスメの名(迷?)作が楽しみです。

2009-10-03

予防接種

新型インフルエンザの流行も進んでいるようですが、季節性インフルエンザの予防接種が、近所のかかりつけの病院で始まったとのことで、今日、早速行って予防接種を受けました。

例年ですと、12月に入って、どこの病院もワクチンが売り切れになったあたりであわてて病院を探して予防接種に行くのですが、今年はこういうご時世ですし、早々と行くことにしました。

土曜日の病院は閑散としていて、真冬に行った時に比べるとまだ患者さんの数は少ないようです。問診も注射もあっという間に終わりました。とりあえず、これからも用心ですね。

2009-08-27

工房のホームページ

これまで、工房(=大学)のホームページを作らな、と思いつつ、紆余曲折ありましたが、ようやく、今日、公開しました。

ここに至る状況はいろいろありましたが(途中まで作ったところでハードディスクがクラッシュしてデータが消えたとか^_^)、とりあえずは、工作(=研究)の成果の発信です。研究内容については、できるだけ、日本語と英語で同じ内容を作りました。

というわけで、まずはご高覧いただければ幸いです。あと、内容は、時間の都合で、やはりプロ向けの書き方になっていると思います。ご質問等ございましたら「お気楽に」お寄せ下さいませ。

easy arithmetician / atelier aterui
http://www.math.tsukuba.ac.jp/~terui/

2009-07-28

徳寿宮

というわけで、ロッテマートからホテルの帰りに訪れたのが「徳寿宮」です。ホテルからロッテマート(ソウル駅)へ向かう地下鉄の駅(ソウル市庁舎)のすぐ前にあります(写真は入口の「大漢門」)。

徳寿宮はソウルにある王宮の一つで、特に、19世紀末から20世紀初め、当時の朝鮮が日本に併合された前後の歴史的舞台の一つになった場所だそうですが、観光客の他にも地元の人と思われる人達もたくさん訪れているようでした。

宮中には、朝鮮王朝で最も優れた君主とされる「世宗大王」の銅像があり、その他、「光明門」には、中世に作られた火器(ロケット砲)や水時計が展示されており、韓国のすぐれた歴史的な科学技術遺産を知るのは大変興味深いことでした。

また、ここでもらったパンフレットによると、徳寿宮は、日本併合後に、主に日本によってその敷地が大幅に削られたとのことで、相手の国に対する敬意を欠くことの愚かさにも思いを至らせたのでした。

ロッテマート

昨日はぐだぐだでしたので、今日はゆっくり起きました。

今日の会議関連の行事は夕方の歓迎パーティーのみでしたので、午前、午後と時間があったのですが、情報収集をしながら今日の予定を考えたので、出かけたのはお昼前。今日はお土産関連の買い出しをしに、ソウル駅周辺を見に出かけました。

地下鉄でソウル駅まで行って、最初に目にしたのがソウル駅の旧駅舎。現在、保存のための改修中だそうです。

こちらはその隣にある現在の駅舎。ガラス張りの現代的な建築です。(ロッテマートはこの写真の右側にあります。)

ソウル駅のコンコース。吹き抜けで、たくさんの人達が利用しています。

ソウル駅の中には、韓国の新幹線KTXのキャラクターショップがありました。

キャラクターショップの前には、鉄道模型のレイアウトがありました。車両にテレビカメラを積んで、映像がレイアウト上のモニターに映し出されていました。

さて、買い物はロッテマート。家の近所にある西友のような雰囲気です。2時間歩いてちょうど買い物が済みましたが、午後2時を過ぎると混んできたので、ゆっくり買い物をするには早く来た方がよさそうです。

買ったものは、日本のスーパーと同じように段ボールに自分で詰めて、ホテルに配送してもらうこともできますし(私が泊まったホテルはW6,000)、EMSで日本に送ることもできます。自分は忘れていたのですが、免税手続きもできます。

足がぐだぐだでしたが、まだ時間はちょっとあることですし、ホテルに戻る途中にちょっと観光もすることにしました。

2009-07-27

ソウル

ソウルに来ました。国際会議の出張です。

先週から寝不足だった上に、前日も遊んでいたので、6:20にご飯を食べるはずが、家族全員が目覚めたのが6:30。しかし、それよりも驚いたのが、7:00にタクシーを予約していたのに、5分経っても来ない!

空港バスの時間は7:20、空港バスに乗る駅までは10分ですから、これ以上待っていると間に合わない。というわけで、かみさんの運転する車で駅へ向かい、ようやく間に合いました。

成田空港に着くと、チェックインには長蛇の列でしたが、事前にwebでチェックインしておいたので、列をバスして5分で終わりました。ANAだとスマートeチェックインはおすすめです。

仁川国際空港に着くと、ミニストップやファミリーマートがふつうにあって、ちょっと戸惑いました。ファミリーマートでは「お〜いお茶」(ノーマル版)がW2,500。ボルヴィックがW1,500。韓国のミネラルウォーターはW500でした。

ソウルにはT-money(ティモニ)という、公共交通用ICカードがあります。JRのSuicaやICOCAなどと同じようなカードで、市内の地下鉄やバス、一部のタクシー、加盟しているコンビニの買い物に使えるそうです。空港から早速リムジンバスで使ってみようと思い、探したところ、1階のファミリーマートにありました。リムジンバスにも順調に乗って、無事ホテル着。

寝不足なのでちょっと寝てから、夕ご飯へ。今日はホテルの近くの店でサムゲタンを食べました。んめがった。というわけでまた明日。

2009-06-01

Cafe Corner 完成!

ついに完成しました!
LEGO 10182 Cafe Corner
3階建ての建物で、1階はカフェ、2階と3階はホテルという設定です。ヨーロッパ調の重厚な建築を、巧みな部品の組み合わせで再現しています。

だいぶ時間がかかってしまいましたが、出来上がると壮観です。ムスメも、作り始めの頃は組み立てとあまり関係なく遊んでいましたが、最近では、自ら部品をとって熱心に組み立ててくれました。楽しかったです。

また財布に余裕が出てきたら、もっとほかのキットも買ってみようかな。でも、今回のキットのマニュアルには、同じ部品を使った別の作例もある(作り方は載っていない)ので、こちらにチャレンジするのもいいかも。あと、このホテル、内装はまだないので、内装を作り込むというのも楽しみかもしれません。