昨年来、伸び放題だったうちの庭の芝を刈ることにし、昨日、芝刈りばさみを購入。
そんな感じで、昨日と今日、せっせと芝を刈りましたが、両腕(ひじから先)がずーんと重くなってしまいました。コップを持っただけでも手(腕)が震える始末。情けね〜。
お気楽さんすう屋さんateruiの日々の記録と思考錯誤?のたまり場です。
"easy arithmetician" aterui's spot for daily records and thoughts.
昨年来、伸び放題だったうちの庭の芝を刈ることにし、昨日、芝刈りばさみを購入。
そんな感じで、昨日と今日、せっせと芝を刈りましたが、両腕(ひじから先)がずーんと重くなってしまいました。コップを持っただけでも手(腕)が震える始末。情けね〜。
月曜の夜は、かみさんが吹奏楽団の練習に出掛けるので、夕食後はムスメと2人で過ごしています。
今日もそんな感じでご飯の片付けをしていると、ムスメが急に、おもちゃのキッチンセットの前で「いらっしゃいませー」。こんなことは初めてなんだけど、お店屋さん(ごっこ)を始めるのかな。
そこで「ごめんくださーい」と声をかけると「ごめんはありませーん」。・・・どうやら「ごめん」が売り物だと思ったらしい。とりあえず、ごめんくださいはこんにちはの挨拶だよ、などと説明。
その後も、キッチンセットの備品を見込んで声をかけてみたものの、「にんじんくださーい!」「にんじんありませーん!」「だいこんくださーい!」「だいこんありませーん!」・・・。お店のものを買えるのは、当分先みたいです。
児童文学者の石井桃子さんの訃報に接しました。
お名前をニュースで見た時には「はて」と思いましたが、翻訳書の一つとして「ピーターラビットのおはなし」シリーズの名前を目にし、思わず「おぅ!」と反応してしまいました。
ピーターラビットの本は、小さい頃(たぶん幼稚園くらい)、母に最初の3冊(1箱)を買ってもらい、ずいぶん読んだ本の一つです。小さい頃に読んだ本って、ずっと後になっても、その印象を忘れないものですね(本の内容は忘れちゃったりしていることもありますが)。ピーターラビットも、そんな感じで、今でも好きな本の一つです。仕事場に何台かあるコンピュータの名前には、ピーターや、いとこで悪友(?)のベンジャミンなど、登場人物(動物)の名前をつけています。
で、石井さんの訳は、大変よかったと思うのですが、たまに、小さい子にはちょっと難しいと思われる言葉があって、たとえば、本の中に「むこうみず」という言葉がありましたが、当時の私は、それって「どんな水」なんだろう、と、ずっと疑問に思っていたのでした・・・
ニュースを読んで、そんなことを思い出しました。謹んでご冥福をお祈りします。
うちで取っている新聞(毎日新聞)の天気予報欄に「マド予報」という小さなコーナーがあります。日によって「ドア予報」だったりします。
ずっと前、かみさんの日記でも紹介していたこのマド予報が、このほど1000回を迎えたということで「えっもう1000回!?」というのと「えっもうそんなに経ったの!?」という驚きでした。1年365か366日ですから、始まってから3年近くも経ったんですね。
ちなみに、今日のマド予報は「もうすぐこの予報は2000回でしょう。(ウソ)」と、エイプリルフールもしっかりつかんでいるようです。
先週、中央図書館にスターバックスが開店したことを書きました。その際いただいたコメントで、オリジナルタンブラーの話が出ましたが、再び足を運んだら、発売されていました。着せ替え式です。
オリジナルタンブラーの図柄(台紙)は2種類ありました。着せ替え式のタンブラー1個につき、台紙を1枚選べる仕組みになっています。今回は、落ち着いた色の方を選びました(もう1種類は、もっと明るい柄で、図書館のキャラクターとしても見かける「ガマガエル」(仮称)が描かれています)。
タンブラーの底のキャップを外し、もとの台紙を外して、今回の台紙を入れていきます。
出来上がりです。Tulips-Rは「つくばリポジトリ」の意味のようです。
今回買ったタンブラー(中央)と、以前から使っているタンブラー(左)、スターバックスオリジナル(bodum製)のコーヒープレス(右)を並べてみました。
昨日の情報の通り、今週末は1人で留守番です。幸い、土・日とも天気がよかったので、我が家の1階のフローリングにワックスをかけることにしました。
本来だと(ハウスメーカーさんにもらったマニュアルなどを読むと)、ワックスがけは「3か月に1度」などと書いてあるのですが、我が家ではすっかりサボっておりました(かれこれ1年半くらい)。というのも、ムスメがいると作業する暇や場所がなく、季節や天候などのタイミングも重要で、なかなか手をつけられなかったのです(と言い訳)。今回、1人だし、天気もいいし、暖かくなってきた、絶好のタイミングで、「鬼の居ぬ間に洗濯」ならぬ「姫の居ぬ間にワックスがけ」でしょうか(意味は反対ですが)。
というわけで、昨日は近くのホームセンターにて、ワックス(写真左)、ワックス塗り器(写真右)、マスキングテープを購入。ワックスは言うまでもないでしょう。ワックス塗り器は、取っ手の部分にワックスを入れ、ワックスを押し出しながらスポンジの部分で塗るという器具で、初めてだったのでとりあえず買ってみました。マスキングテープは、壁や家具にワックスがつかないよう、事前に保護しておくものです。
準備は昨日から。まず、壁と家具のマスキングです。高校野球をテレビで観ながら、1階をぐるっと回ってテープを貼っていきました(途中、試合終盤に中断^^;)。
今日は、朝から、テーブルやいすを移動し、床を掃除機とフローリング用洗剤で掃除し、水拭きをした上で、ワックスを塗っていきました。塗る量の加減がわからず、ワックス塗り器で一通り塗ったら、本来塗る量の半分程もワックスが余ってしまいました。仕方ないので、今度は雑巾でもう一度、一通り塗り、ワックスも今回の分量をほぼ使い切りました。
塗ったあとを見ると、塗りムラもありますが、まぁ次回頑張りましょう。意外と力仕事だったと思います。時間も昼過ぎまでかかりましたが、最近手に入れたCDを一通り順番に聴いたりして、よいリフレッシュになりました。
今日から春のセンバツが始まりましたが、今週末は1人でお留守番。
というのも、今日の第3試合に出た千葉の安房(あわ)高校は、かみさんの出身校で、かみさんはその応援で楽器を吹きに甲子園まで出掛けたのであります。そのため、ムスメは館山のじいばあに見てもらうことにし、水曜日(19日)からおととい(20日)まで1泊2日で2人を送ってきました。
試合の方はというと、対戦相手は城北(熊本)、終盤まで両者無得点が続き、「これだとミスが少ない方が勝つかな〜」と思っていたのですが、安房が9回表にヒットを続けて先に2点を取り、この2点を守りきって堂々初勝利!いろいろ作業をしつつテレビで観戦していたのですが、さすがに9回裏は正座で見てました。
関係者として高校野球を見るのは初めてでしたが、思わず感動してました。かみさんお疲れさま、そしてムスメの面倒を見てくれた館山のご両親に感謝です。
今日、仕事場から歩いて3分の中央図書館にスターバックスが開店しました。もともと入口に新聞のスペースがあったのを移動し、そこにお店を開いたものです。
店内の様子です(柱が真ん中に建っていて、いい撮影ポイントを探すのに一苦労;-)。さすがに手ぶらで写真を撮るのは気が引けたので、1杯買ってから撮りました:-)
こちらは第1エリア方面からの眺めです。壁紙みたいになっているのが厨房(?)の部分です。
第2・第3エリア方面からの眺めです。客席は北側の窓に面しています。写真はちょっと距離があるので中の様子がよくわかりませんが、そこそこにぎわっているようでした。
大学にスターバックスを入れることについては賛否両論あるようですが、とりあえずこれからどのように利用され、学内にどのような影響をもたらすか、見守りたいと思います。なお、この件に関する学内の広報は、インターネットでも読めるようになっているみたいですので、ご参考までに出典を記します。
上記の「速報つくば」によると、営業時間は、春休みや夏休み等の休業期間中が平日9:00〜17:00、授業期間中は、平日8:00〜20:00、土日祝日10:00〜18:00だそうです。
去る8日(土)から今日まで、毎年恒例の研究室の合宿に行ってきました。(以前の合宿の記事もあります。)
例年は、千葉の館山にある大学の研修所に行くのですが、今年は研修所のおばさんが具合を悪くされたとのことで、急きょ場所が変更になり、山中湖のほとりにある、大学の別の研修所になりました。館山の研修所のおばさんにはもう10年以上もお世話になっており、今年で定年と伺っていたので、お世話になる最終回になるはずでしたが、このような事情でお会いできなくなったのは残念でした。
合宿中は、今日の朝方大雨だったのを除けば天候もよく、充実した時間を過ごすことができました。ただ、やはり里よりは寒く、特に夜は冷え込むもので、おとといの夜ストーブを消して寝たら、朝方、あまりの寒さに目が覚めてしまい、ストーブをつけて寝たりしました。
今回の合宿は、大将が主催するたぶん最後の合宿ということで、来年以降どうなるかわかりませんが、勉強の上でもそれ以外の交流(飲み, etc.)の上でも、このような機会は貴重で有意義だと思うので、今後もこのような機会を何らかの形で持てればと思います。
最近、もうすぐ2歳半になるムスメはいろいろな遊びができるようになり、今週、かみさんが粘土を買ったら、かなり熱中。
そんなわけで、暇を見て、かみさんや私もムスメにつき合って粘土で遊ぶようになったのですが、粘土で遊ぶなんて小学生のとき以来なわけで、懐かしむ一方、なかなか思い通りの物ができないな・・・と悪戦苦闘しています。
自分はもともとレゴが好きで、ムスメともちょくちょく遊んでいますが、自分にとってはレゴの方が頭に描いた物を作りやすい気がします。何でかな?と考えてみると、あらかじめ部品に分かれていて、
一方、かみさんの方は、粘土の方がやりやすいようです。話を聞いてみると
こうして比べてみると、粘土のような「やわらかい」物向けの発想、レゴのような「固い」物向けの発想があるのではないかという気がします。自分が直面する仕事の内容によって、どちらが向いている、ということもあるのでしょうか。とにかく、今は、ムスメと遊びながら(遊んでもらいながら?)やわらかい物向けの 発想を楽しむことにしましょう。
今朝、会場に着くなり、メールサーバの管理を手伝ってもらっている院生から「メールが送れないとの通報あり」との一報が。どうやらサーバのディスクがあふれているらしい、というところまで調べてくれていたが、彼は
ようやく作業が終わりかけたところで、手伝ってくれた院生が(講演の休憩時間で戻ってきて)曰く、
ま、こんな恥さらしはさておいて、今日の特別講演で聴いた、五十嵐健夫さんのインタラクティブコンピューティングの発表が非常におもしろかったです。コンピュータの画面上で(たとえば)サツマイモの輪郭を描いたら、それがすぐに3Dのサツマイモになるとか、画面上でサツマイモの上に線を引くと輪切りにできるとか、画面上に描いた犬の手足をちょっと引っ張ったり曲げたりしてあっという間に犬が走るアニメーションになるとか、おもしろい技術が満載のデモンストレーションには驚きの連続でした。
数学をやっていて、これだけ一般の人達をわくわくさせることは難しいかもしれませんが、自分がチャレンジするテーマでせめて自分自身(あと、できれば周りの人も)がわくわくできるようなものを見つけたいと思います。
出張で、今日から2泊3日の予定で京都にいます。
今回泊まる場所が初めての場所で、これまであまり来たことのないエリアなので、一応、と思い、京都駅前のバス乗り場で市バスマップをもらいました。そして、かばんを出して、普段滅多に使わないポケットに入れようと開けたところ、そこには
今年は例年より早く、紅葉の時期に訪れ、幸い天気もよく、いい日和なのですが、日中はしっかりお勉強なので、残念ながら外を見て歩く時間はなさそうです・・・
私の住む町内1丁目〜3丁目の合同の防災訓練に参加しました。
今の家に引っ越したのがほぼ1年前で、防災訓練は初めてだったので、回覧板が回って来たときに「やっぱり出なきゃないかな?」ということで、一家で集合場所である近所の公園に出向いたところ、集まっているのは、私が住む2丁目で十数名の方々。全員参加というわけではなかったか、と思いながら、会場の小学校へ向かいます。
小学校には消防車と救急車が来ており、訓練の内容は、午前中かけて、止血法、担架搬送、AED(自動体外式除細動器)を使った初期の救助活動といった救急法と、消火器の使い方、天ぷら鍋の初期消火、バケツリレーといった消火法の講習、最後に地元消防団の人達による、消防操法の実演という順番で、かなり濃い内容でした。
救急法の説明に当たった救急隊員の人は、冒頭、これからもし出動命令が下ったら他の人に交代します、として始めましたが、止血法が終わったところで本当に出動していきました(参加者の拍手を受けながら)。救急車の出動はやはり結構多いものなんですね。
訓練は、最初に消防署の人から手順の説明があり、その後、各町毎に、代表が出て実習を行うのを周りで見ています。本来は校庭で行う予定でしたが、前日の台風の影響で、救急法は体育館で行いました。後ろの方で子供達が遊んでいる中、真剣ながらも和やかな雰囲気で進みます。うちのムスメもじっとしていられるはずもなく、自分とかみさんと交代で、訓練に参加する一方で、ムスメの探検のお供をしていました。
消防法の訓練は、校庭に出て行われました。消火器による消火訓練が進み、2丁目の消火器があと1本あるので「やる人いませんか?」ということで引き受けたところ、1丁目と3丁目は終わってしまい、自分がトリを務めることに。「では最後の方が消火を行います。拍手を・・・」と皆さんの拍手を受けてちょっとあせりましたが、無事火が消えて一安心。
天ぷら鍋の初期消火では、火が燃える天ぷら鍋に水をかけるデモンストレーションで、ほとんど「爆発」するのに驚きました。
とまあこんな感じで、ためになる内容だったと思います。いざという時には、消防が来る前に(来られないかもしれないし)、町の人達で協力して救助活動や消火活動をする必要があるんだなと認識しました。講習の内容はメモにしましたが、とっさの時に思い出して行動に移せるかはまだ怪しいので、毎年1回くらい、記憶をリフレッシュする必要がありそうです。となると、来年以降も自分は毎年参加かな。かみさんは、(毎年の参加は)こっちに任せて、自分は1年おきでいいかな〜と言ってるみたいだけど。
今週末、月例のアンサンブルの練習に、ラジカセを持って行くことになっていました。メンバーの1人が持参するiPodのスピーカーとして使うためです。
昨年引っ越して来てからまだ火を入れていない(アマチュア無線では、機器に電源を入れることを
ラジオのディスプレイは表示されるのですが、音が出ない。テープデッキにテープを入れて、再生ボタンを入れてもテープが回らない。巻き戻しもできない。
はて?と思い、電源をON/OFFしたり、テープの早送り、巻き戻しボタンを連打したりしているうちに、どうやらテープは動くようになってきたけど、ラジオの音は相変わらず鳴らない。そうこう動かそうとしているうちに
このラジカセ、BOSE(ボーズ)のAW-1という機種で、webで検索するといろいろと情報が見つかるのですが、ちょっと変わったラジカセで、作られていたのはもう20年前後も昔なのですが、BOSEお得意(特異?)の重低音が鳴るスピーカーを備え、性能もですが、値段も十うん万とか二十うん万とか、とんでもないものだったようです。
webのいくつかの記事によると、当時、このラジカセは店頭販売されず、BOSEの人が、いろんな場所を
こんな具合のラジカセですので、マニアの方も結構いるみたいですし、修理関連の情報もいろいろあるようです。一説にはメーカーの修理もまだ受けられるという説もあるようですので、資金ができたらトライしようかな、と思います。
あ、今回のスピーカーの代品は、これから探しますが、きっとパソコン用のスピーカーを調達することになるでしょう。
「ワークステーションのおと」の復活に気づきました。
「ワークステーションのおと」は、坂下秀さんがアスキーのUNIX MAGAZINEに連載されていた記事で、ワークステーションを中心とする機器の管理のノウハウをいろいろ書いていたのですが、マシンの分解、部品の交換、ネットワークの配線やトラブルへの対応など、普段あまり雑誌等では読めない作業を、ご自身の体験をもとに写真入りで詳しく解説(?)するのがおもしろく、毎月読むのを楽しみにしていました。数年前には、連載を抜粋した単行本「選りすぐりワークステーションのおと」も出ています。
そのUNIX MAGAZINEも季刊となり、残念ながら連載もなくなったわけですが、今回、日経ITproのwebサイトで「ワークステーションのおと#(シャープ)」として、連載が始まったようです。
最初の記事を早速読みましたが、会社のネットワークの紹介という記事が、気がつくと19インチラックのノウハウの話に!坂下節は健在のようですね。今後も連載が楽しみです。
ワークステーションのおと#
http://itpro.nikkeibp.co.jp/watcher/sakashita/index.html
テレビの左上に表示される、時計のフォントを巡る話です。
うちは昨年から地上デジタル放送を見ているのですが、今朝、ふとNHK教育の時計を見ると、フォントが変わっていることに気づきました。
これまではいかにもデジタル時計という格好のフォントでしたが、地上アナログ放送のような、丸みを帯びた数字になっています。ただ、数字は地上アナログよりも若干縦長のようです。
10月は番組の改変期ですが、こっそり合わせて変えたのでしょうか。
というタイトルの論文が出たようです。
まずはこんなニュースを発見。
26手以内でルービックキューブは揃う!! 米研究者が証明
マイコミジャーナル
Yoichi Yamashita
2007/06/05米ノースイースタン大学のコンピュータ科学部のGene Cooperman教授と大学院生のDan Kunkle氏が、3×3×3のルービックキューブをどのような状態からでも26手以内で揃えられることを証明した。これまでは27手以内が証明されてい る最少のソリューションだった。
以下、記事の全文はこちら http://journal.mycom.co.jp/news/2007/06/05/004/index.html
さて、普段なら、ちょっと調べた上で「ふ〜ん」と通り過ぎるつもりだったのですが、その論文がどんな場所(ジャーナル等)に載る(載った)のかと調べてみると、何と自分の専門分野(数式処理)の国際会議でこの夏に発表される予定のものらしい!およよ〜、うちの業界ネタで一般ニュースになるようなものはほとんど経験がないので、ちょっとした驚き。
ニュース記事などを読む限り、今回の結果は「ルービック・キューブのすべての局面(色をばらばらにした(してなくてもいいけど)状態)に対し、26手以内で6色すべてを揃える手順が存在することを、計算で(コンピュータをうんと回して)確認した」というものらしい。詳しくは読んでみなければわからないけど・・・そういえば自分は再来週のセミナーの担当なのだ。ネタがなくて困っているのだが、このままネタが見つからなかったら、この論文読んで紹介しようかしら、などと思案しております。
「読んで紹介」というように、著者は掲載予定の論文をすでに自分のホームページで公開しているようですので、文献とその場所もついでに紹介します。
Daniel Kunkle and Gene Cooperman, Twenty-Six Moves Suffice for Rubik's Cube, Proc. of International Symposium on Symbolic and Algebraic Computation (ISSAC '07), ACM Press, 2007, to appear. http://www.ccs.neu.edu/home/gene/papers/rubik.pdf
大学も授業が始まりましたが、昨年度、耐震補強工事のため閉鎖されていた1(学)E棟の工事が終わってリニューアルしました。
E棟は、昨年度(耐震偽装が社会問題になりましたが)、耐震判断で強度不足とされ、急に補強工事をすることになりました。E棟は数学の授業で一番使われていると思いますが、夏休み明けの2学期から閉鎖され、授業は他の棟に引っ越して行われました。
そしてこのほど工事が終わったわけですが、学群・学類の再編に伴い、棟の名前にあった「第一学群」の文字も消えました。今の名前は「1E棟」で、他の棟もすべて同じような名前になりました。
さて、先日、授業開始を控えて、リニューアルしたE棟に潜入(という程大げさでないが)してきましたので、ちょっとご紹介します。
リニューアルしたE棟の外観。一見改修前とほとんど変わりませんが、外壁に小さなタイルが埋め込まれ、みすぼらしかったコンクリート壁がすっかりきれいになりました。
E棟のサイン(1階入口前)。今週までに、自分が見かけたすべてのサインは書き換え(あるいは貼り加え)られていました。
D棟2階からのE棟入口前。数年前にリニューアルしたC棟、D棟と同様「E」のサインが加わっています。
それではE棟に入ります。
2階のエレベータ方面からD棟方面を望む。手前左は階段。右側は吹き抜け脇にソファや自販機が置かれていて、「学生控室」といいつつオープンスペースでしたが、ガラスのパーティションで仕切られました。パーティションはこれまでなかったので新鮮。
4階の講義室。これまで計算機室があった場所ですが、これまでの面影はありません。(ついでに、2階にあったサテライトは、工事に伴ってD棟3階に移転しました。)
内装は新しくなりましたが、机と椅子はこれまでのものが継承されています。
窓には今回の工事で加わった「筋交い」が見えます。
計算機室の向かいにあった「卓球台の部屋」は、ガラスパーティションで仕切られた「セミナー室」に変身。でも「セミナー」に使うんでしょうか?何に使うんでしょう?
5階の演習室の1つ。テーブルが円卓状に並んでいると、なんだか違和感を覚えます。これで演習?どちらかというとセミナーをしそうな雰囲気です。
黒板の前に白線のようなものが見えますが、スクリーンを降ろすための棒です。今回の工事で、すべての教室にスクリーンがついたようです。
5階の別の演習室。ここもテーブルが円卓状に並んでいますが、よくみるとこちらの部屋のテーブルと椅子は以前からあったもののようです。必要になったら並べ替えればいいんですね・・・
なお、各部屋にはエアコンとLANがついたようです。(学系棟は今後もしばらく(すぐ切れる)集中冷暖房だと思いますが・・・)
かれこれ1週間前になるが、右下の親知らずを大学病院で抜いてもらった。
親知らずを抜くのはこれで2本目。前回、5、6年前は、抜歯が終わったら気が抜けたらしく気分が悪くなり、点滴をしてもらったので、今回ちょっと心配だったのだが、幸い今回は無事終了。
しか〜し、今回は抜いた歯ぐきの腫れがなかなかおさまらず、大変。痛み止めの薬を4日分もらったけど、薬が切れても痛みが治まらない。というか、痛い時とそうでない時が交互にやってくる。その上、風邪も引いていたので、しんどい一週間でした。ようやく昨日今日で痛みが収まってきた感じ。そんなところで明日は抜糸です。
ところで、これで抜いていない親知らずはあと2本なんだけど、今回は、残りの2本も引き続き抜くことに。これがあと2回続くのはちょっと辛いかなー。話はまだまだ続きます。
「ローマは1日にして成らず」ということわざがありますが、家は1日で建つんですね。もちろん、何から何までが1日で終わるわけではないんですけど、2階建て1軒屋の骨組み(いわゆる「建方」)は、土台ができた状態から、1日でできてしまうことに驚きました。
ちなみに、この建物ですが、現在建築中の我が家です(かみさんの記事もあります)。完成は晩秋を予定。
今年の夏の甲子園も終わりましたねぇ。所々しか見ませんでしたけど、再試合になった決勝戦をはじめ、感動シーンがいろいろあったみたいですね。
で、今年の優勝投手が気に入ったという、高校野球好きのかみさん曰く「やっぱりムスメの彼氏には、カッコよくてさわやかな野球部員がいいな〜♪」続けて曰く、親が果たせなかった夢をムスメに託すんだとか。まーたしかに自分はひ弱なブラス(吹奏楽)っ子だったけどね・・・。ムスメの将来はどうなることやら・・・。
車の免許証を更新してきました。
今回は、うちの近所に最近できた真新しい警察署へ行きましたが、お盆のせいか、すいていました。30人くらい入る部屋で一緒に講習を受けたのも5〜6人。
前の免許証を持っている間は、引っ越し2回、本籍地の変更1回(実家の住所の番地に枝番が増えた)があり、裏書きが増えて、何かの手続きのときに住所を見せるのが面倒でした(というよりは、相手の人が住所を見るのが面倒だったことでしょう)が、今度の免許証ではどうなるでしょうか。
私が大学に入った年に、学内で起きた殺人事件が、時効を迎えました。
筑波大助教授殺人事件:「悪魔の詩」殺人、時効 茨城県警「捜査は継続」
イスラム教の冒とくと議論になった小説「悪魔の詩」の翻訳者で筑波大助教授だった五十嵐一(ひとし)さん(当時44歳)が91年7月に殺害された 事件は11日午前0時、公訴時効(15年)が成立した。茨城県警の小野善弘捜査1課長は「極めて残念。(容疑者が海外逃亡した場合の)時効停止の可能性を 考慮し、今後も捜査を継続する」とコメントを出した。
五十嵐さんは91年7月11日夜、同県つくば市の筑波大構内で、刃物で首などを切ら れ殺害された。当時はイタリアなどでも翻訳者が襲撃され、04年末に米中央情報局(CIA)の元職員が五十嵐さんの事件を「イラン軍部による暗殺」と指 摘。容疑者が外国人で、海外に逃亡した可能性もある。【三木幸治】
毎日新聞 2006年7月11日 東京朝刊より引用
このときの思い出が2つあります。
1つ目は、この事件が起きる前の月に、五十嵐先生の授業を受けたことです。
授業の内容はすっかり忘れてしまったのですが、忘れられないのは、授業が始まって間もなく、私語をしていた学生に、ものすごいカミナリを落としたことです。「そこで何喋っているんだ、うるさい!」続けて「僕はオペラも書いて、指揮もするのだが、2ndバイオリンの下手なのが後ろの方でちょこちょこやっているのもちゃんと聴き分けるんだ(だからちょっとした私語もすぐに耳に入る!)。」
先生は、大学は数学科の出身でありながら、イスラム医学の文化の研究をされているとか、すごい経歴だと思っていたのですが、オペラを書いて指揮をするというのにまたまた驚いていました。(その他にも、後で聞いた話ですが、学園祭でロックバンドのボーカルを務めたとか、とにかく多才な人のようでした。)ついでに、このときカミナリを落とされたのが、同じクラスの友達で、事件の後「俺たち先生に最後に怒られた学生だったのかもね・・・」と、しんみり話していました。
もう1つは、この事件があった同じ日に私があった災難です。
その日の夕方、私は、宿舎の銭湯へ行きました。シャワー室(ユニットバス)は内側のドアの取っ手が壊れていて、中から閉めると開かない状態だったので、いつも気をつけて使っていたのですが、この日、シャワーをしようと入ったところ、何かのはずみでドアを閉めてしまい、中から出られなくなったのです。 仕方ないので、ドンドンドン・・・と、番台のお兄さんが来てくれるまでドアを叩き続けました。しかも、タオルは脱衣所に置きっぱなしだったので、お兄さんが開けてくれたときは恥ずかしいことこの上なく・・・
何とか風呂を終えて外へ出たとき、友達にバッタリ会いました。彼は開口一番「今日大学で殺人事件が・・・」と教えてくれたのは有り難かったのですが、こっちは「いやそれどころでなく今閉じ込め事件が・・・」と言いたい気分だったのでした(でも恥ずかしいので言えるわけがない)。
自分の(なさけない)事件があったから五十嵐先生の事件を覚えているのかもしれませんが、とにかく、筑波に来てからの時の流れをあらためて感じた日でした。
昨日に引き続き、ムスメと朝のお散歩に出る。今日は雨が降りそうな天気で、とりあえず日差しはそれ程でもないのでほっとする。
線路沿いに出ると、電車が何度もやってきます。15分くらい歩くと上下合わせて5本くらいの電車と遭遇(普通、特別快速、特急と一通り会える)。電車が通るとムスメは足をばたつかせて興奮気味です。
今回初めて気がついたのだが、鉄道の信号灯もLED化が進んでいるようです(写真をクリックすると拡大)。
ついでに、駅前の建設中のスーパーのところも通りかかったので撮ってみた。外壁もペタペタと貼られています。あと、前回まで草ぼうぼうだった周りの土地も、草がすっかり刈られて整地され始めています。駐車場にでもなるのでしょうか・・・
このところムスメはご難続きで、先週末の嘔吐からようやく復活してきたかな・・・と思ったら、今度は火曜の未明に発熱。
ムスメの発熱はこれが初めてで、ただでさえ赤ちゃんは『熱源』だけど、それにも増して、大人なら参ってしまいそうな熱さに思えてちょっと心配。もっとも、先月、自分が風邪をひいたときに受診した先生が「病気に対する反応は(年齢が)若い方が強いので、赤ちゃんなどはばーっと熱を出してすっと引いてしまう。大人はそれ程熱が出ないんだけど、歳をとるとそれだけ抵抗力がにぶるということでもあるのです。」と言っていたので、なるほどそうかとも思い、とりあえず落ち着いて様子見ることにする。(かみさんが病院に連れて行ってくれた。)
幸い、今は熱も下がってきたが、これからもう少し養生が必要かと思う。こっちも風邪には気をつけて、お互いがんばろう。
今日、ひょんなことから、大きな地図が手に入りました。何でも「今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図」ということで、正確にはハザードマップとは違うかもしれませんが、興味深いものです。
テーブルの上に広げたところ、はみ出るほどの大きさでした(テーブルが小さいからかもしれないが、写真からもはみ出ています)。ちなみに、我が家の近くのデータは「南関東で発生するM7程度の地震:M6.7~7.2程度が70%程度」となっていて、地図のエリアも赤なので注意が必要のようです。
出典:防災科学技術研究所研究資料第275号、全国を対象とした確率論的地震動予測地図作成手法の検討 附属資料、(独)防災科学技術研究所
ムスメを夜間外来へ連れて行って2週間。体調も持ち直し、離乳食も徐々に増やしてきたところ。
ところが、そろそろ仕事から帰ろうと思っていたら「すぐ帰れ」の知らせ。ムスメが再び嘔吐したとのこと。2週間前の再来か!
すぐ帰って、ムスメを連れてかみさんと病院へ行く。幸い、前回の経験が生かされ、病院にはすぐ連絡がついたし、迷わずに着いた。ムスメも症状は落ち着いたみたい。帰ってから、衣類の洗濯。前回は感染対策をほとんど何も考えず、洗濯で自分もうつったかもしれないということで、今回は手袋もして、余計な物を触らないよう注意し、終わった後はアルコール除菌スプレーで消毒、と念を入れる。ムスメは静かに寝たようだ。やれやれ。
(その後の話、詳しくはかみさんの記事へ・・・)
6月13日に、指揮者の岩城宏之さんが亡くなりました。
私は、特に岩城さんの指揮をよく見ていたわけではありませんが、自分が以前入っていた市民オーケストラで、ステージマネージャー(ステマネ)という仕事に凝っていたときに、岩城さんの著書「フィルハーモニーの風景」(岩波新書、1990)を読んで、ステマネの仕事をいろいろ学んだことを思い出しました。
ステージマネージャーは、オーケストラが演奏会を開くときに、オーケストラが乗るステージを取り仕切る仕切り屋の一人です。一口に演奏会といっても、ホールの特性や、演奏する曲に合わせて、オケ(楽器)の配置を変えたりします。ステージにはたいていひな壇を組みますが、ひな壇をどう組むかとか、照明をどのように当てるかとか、指揮者やオケの意向を汲みながら、舞台上のプロデュースを行うのがステマネの仕事(の一部)です。時にはホールが狭かったり、合唱団が入ってステージがぎゅうぎゅう詰めになったり、いろいろな制約がある中で、指揮者の目指す音楽作りを最大限生かすのが、ステマネの腕の見せ所です。 さらに、本番前には、リハーサルの進行に合わせてのスケジュールの時間調整、本番では、楽屋への呼び出しや、水やおしぼりの用意など、指揮者のマネージャーとしても働きます。
私が、オケでステージの仕事を任されるようになったばかりの頃は、自分の役割がステマネの仕事だということもよくわかっていませんでした。この仕事を始めて数年経ったときに、あるきっかけでこの本を読み、この仕事の面白さを見出しました。私が携わったステマネの仕事では、合唱団をひな壇の上に全員乗せるのに苦労したり、ホールのこけら落とし以来使ったことがないというひな壇を引っ張り出したり、など、いろいろありましたが、指揮者の方々からもたくさんのことを教わりましたし、1回1回の演奏会で苦労した分、舞台が成功するたびに充実感を得ることができました。
オケでは他にもいくつかの仕事をやらせてもらいましたが、ステマネの仕事で学んだことがその後の仕事にも生かされたことがいろいろあったと思います。
ここでは主にステマネの話を書きましたが、それ以外にも、この本には、オケのオモテとウラの興味深い話がいろいろ書かれています。あと、岩城さんの本でもう1冊おもしろかったのが「楽譜の風景」(岩波新書、1983)という本で、こちらでは楽譜のオモテとウラの興味深い話をいろいろ知ることができました。 謹んでご冥福をお祈りします。
このたび、初めてバトンなるものをいただきました。少々緊張気味ですが、いきましょう。
なお、趣味は相当クラシック、特にホルンに偏っておりますことをお断り申し上げます。
1. 初めて好きになったアーティストは?
ピンク・レディー(アーティスト、かな?)。
幼稚園か小学校に入った頃、NHK FMの「ひるの歌謡曲」を親に録音してもらった。
2. 初めて買ったCDは?
ショパンのピアノ協奏曲第1番。ブーニン(ピアノ)、ワルシャワフィル、1985年のショパンコンクール優勝のときの録音。
何でこんなのを買ったかって、そのときのブーニン・フィーバーはすごかったんですよ、ホント。翌年、初来日の時は、全国で6か所しかコンサートがなかったのに、その1か所がわが地元になって、しかもラッキーなことにチケットが手に入って聴きに行けた(前売り開始日はホール前に朝6時から行列ができたとか、発売1時間で売り切れたとか、とにかくうちのような田舎では前代未聞のことばかりだった)。当時家にはまだCDの再生機がなかったのですが、まぁコンサート行った勢いで会場で買ってしまったんですな。
ちなみに、私の場合「初めて買ったLP」というのがありまして、姫神(シンセサイザー)の「まほろば」でした。
3. 今持っているCDの枚数は?
270~280枚くらい。(昨秋以来CD屋さんにほとんど行ってない。)
4. 今1番好きなアーティストは?
誰かなぁ。最近ちゃんと聴いていないもので・・・
5. 1番最近買ったCDは?
アイファー・ジェイムズ(ホルン)『ホラ・スタッカート/超絶のホルン』。
「チャルダーシュ」圧巻。彼がフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルで演奏した「チャルダーシュ」もすごい(CD出てますか?)。
6. 普段言わないけど実は好きなアーティストは?
夏川りみ。「涙そうそう」が売れる前に、NHKの新ラジオ歌謡で出た「花になる」を仕事帰りの車で耳にして以来の隠れファン。
7. 解散して残念だなぁ~って思うアーティストは?
フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル。まぁ大分昔だからしょうがないか。
トスカニーニとNBC交響楽団。異様なほどのテンポと緊張感がたまらなかった。まぁ大昔だからしょうがないか。
ピアソラと新タンゴ五重奏団。なんかみなぎる緊張感が好きみたい^^;
8. 初めに思いつく1人のアーティストは?
う~ん、パッと思いつかない・・・
9. 初めに思いつく2人組のアーティストは?
狩人。信濃路に行くんでしょうけど「あずさ2号」は新宿から出てるわけはないから、どこから乗るの?
10. 初めに思いつく3ピースのアーティストは?
室内楽で3人のグループってあまりないんでない?
11. 初めに思いつく4人グループのアーティストは?
アメリカン・ホルン・カルテット。ホルンアンサンブルに新風を吹き込んだ。ほら吹きは必修(聴くだけね。演奏は大変)。
12. 初めに思いつく5人バンドのアーティストは?
アフラートゥス五重奏団。ホルンのバボラークをはじめとする、チェコの気鋭の若手による木管アンサンブル。ほら吹きは注目!
13. 好きなサウンドトラックは?
アラビアのロレンス、サウンド・オブ・ミュージック、耳をすませば。
14. 最近1番よく聴いてる曲は?
特にないな~
15. 音楽聴くときに使ってるものは?
家のDVD/HDDレコーダ、PowerBook&iTunes、車のFMラジオ。
16. 好きな名前のアルバムorシングルは?
The Passion of Reason / The Sour Cream Legacy
タイトルからは何のディスクかさっぱりわからんが、古楽のCDです。The Passion of Reasonがタイトルで、The Sour Cream Legacyがアーティスト名。フランツ・ブリュッヘンでピンときたら古楽度大。
17. 今一番気になるアーティストは?
Il Divo。イケメンでクラシカルな声で受ける。さすが欧州(彼らは米国発のようですが)。
18. 今までに一番聴いたアルバムは?
リヒャルト・シュトラウス/ホルン協奏曲 第1番、第2番、ヒンデミット/ホルン協奏曲 (国内盤)
デニス・ブレイン(ホルン)/ウォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)/フィルハーモニア管弦楽団(管弦楽)
ぱっと聴いただけではそのすごさに気づく前に通り過ぎてしまうような感じです。
19. 一番好きな曲は?
好きな曲はいろいろあって甲乙つけがたいが、マーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」。以前「アダージョ・カラヤン」のCDで流行ったかな。
20. バトンを回す音楽好きな5人
スイケンな方々で、こうじさん、かなめさん、たけぽんさん、piroxyさん、てるまゆさん。いかがでしょう?よろしく!
今週半ばに風邪で医者にかかった私達であるが、週末にかけて何とか体調を持ち直してきた。ムスメにはうつさずに済ませたいと思っていたところ。
ところが、そのムスメが、ゆうべ、おやすみ前の授乳中に大量に嘔吐。自分はふろに入ろうかとしていたところだったが、かみさんのヘルプコールに何事かと思って戻ってみたら、こりゃ大変。幸い、ムスメは顔色も悪くなく、吐いた以外は落ち着いているようだったので、一呼吸置いてから、診察を受けようと病院を探し始める。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、赤ちゃんは小児科の先生にかかることに越したことはないので、小児科の先生のいる救急外来を探す必要があるわけです。私の住む地域(茨城県南部の常磐線沿い)の夜間の小児救急外来の受け入れ状況について、今回わかったことを書いておきます。
- 牛久愛和総合病院(牛久市):救急外来がありますが、小児科は受け入れていません。
- 筑波メディカルセンター病院(つくば市):救急外来がありますが、小児科の受け入れは20:45までです。
- 土浦協同病院(土浦市):救急外来があります。小児科の受け入れもあります(時間制限は聞いていませんが、念のため確認された方がよいと思います)
受け入れてくれる病院がわかり、急いで地図を出して場所を調べる。病院に電話をかけるときに電話番号を調べていて思ったが、こういうときは検索の時間が非常にじれったく感じられます。やはり前もって調べておくに越したことはないと実感。場所も調べてさあ行くかとなったらムスメが再び嘔吐。あせるが落ち着いて・・・
結局、最初に事が起こってから1時間くらい経って、病院へ到着。幸い、早く診てもらい、胃腸炎だろうとの診断。かみさんからうつったと思われる。症状も落ち着いたようで一安心。まぁそれだけ仲良しってことだね。
夜が明けて、かみさんはムスメをかかりつけの小児科へ連れて行き、胃腸の薬を処方してもらって帰ってきた。今度は自分も何だか胃がむかむかする。自分も胃腸炎だったらどうしよう。念のため、ということで、先日かかった内科に行ったら、先生曰く「先日のお薬で胃が荒れてしまったようですね。すみません」。ほっとして、胃薬を処方してもらい、帰宅した。いずれにしろ、家族皆早くよくなりたいものです(かみさんの日記はこちら)。
朝、かみさんが体の不調を訴える。胃がむかむかして動けないらしい。
そこで、午前中は家にいて、家事やムスメの世話を手伝っていた。そしたら急遽、かみさんのお母さんが来てくれることになり、昼前に到着したのでバトンタッチ。
今日は授業があり、仕事場に行かないわけにはいかなかったので、とりあえず授業をやって早々に帰宅。そしたら、ちょうどお義母さんがムスメを連れて、かみさんを迎えに病院へ行くところだった。かみさんが帰ってきて話を聞いたら、急性胃腸炎とのこと。風邪がおなかに来たらしい。
で、問題はここから。念のため、と、自分も熱を測ってみたら、熱があった!実は、自分も、のどが痛くて鼻水が出ていた。一昨日夜、暑かったので、布団をかけずにタオルケット2枚のみで寝たのがたたったのだが・・・それにしても自分も熱とは。しかも、先月熱を出したパターンに似てきたみたい。早速、かみさんが行った駅近くの内科へレッツゴー。
受付で「初めてです」と保険証を出したら、受付の人が保険証を見るなり「えっ!?」という顔をしてこっちを見た。すかさず「先程のオットです^^;;」と弁明。「いっしょに風邪ひいちゃいましたか~」などという話をして、待合室へ。
診察の結果、かみさんのかぜとはちょっと違い、自分の方がより「普通の」風邪に近いらしい。薬を処方してもらって帰りましたが、まぁ先月より症状はましだし、養生しましょう。それにしてもお義母さんに来ていただいて本当に助かりました。
連休ということで、昼下がり、家族で万博記念公園へ繰り出す。ムスメにとっては初ピクニック。芝生に敷いた敷物の上に寝っ転がると、雲がたなびく青空や、その手前に広がる木々を不思議そうに眺めていた。
せっかくの機会なので、水辺に降りてみる。と、池の主のあひるが1羽、橋のうえをぶらぶらしてるでないですか。ムスメをご対面と思って近寄ると、低い声で「ぐぁ~っ、ぐぁ~っ」と鳴いている。しかも、頭の毛を逆立てていて、ご機嫌がすぐれない模様。近寄ると結構威圧感があり、ちょっと心配になる。(写真では小さく見えるけど、これは大人の目の高さから撮ったからで、ベビーカーの高さで見ると結構でかいですね。)
一方、ムスメは眠たそうな目をしてどこ吹く風。結局、あひるとのご対面はそこで終わりました。もと来た道を引き返すときにしばらく後をつけられたのは自分の方でした。
先週に入ってからムスメが風邪をひいたようだ・・・と思ってたら、そのうち自分ものどの痛みと鼻水が。もしかしてムスメに風邪をもらったかな・・・と思いつつ、適当にやりすごしながら週末を迎えた。
ところが、土曜日の夕方になって、ちょっとしんどくなったと思って熱を測ったら、37.8度もあった。大方の病院で午後の診療も終わってしまったので、かみさんに夜間外来へ連れて行ってもらう。ちょうどこの日からかみさんのお母さんに来てもらっていたので、助かりました。
日曜日は一日寝ていた。寝込んだのは昨春のインフルエンザのとき以来だと思うが、徐々に復活しつつあります。今週くらいはギアを落として安全運転です。ムスメも早くよくなれ(なろう)。
自分が大学のときからずっとかかわってきた、大学の吹奏楽のサークルが、今月でその幕を閉じることになり、最後の合奏が行われました。
学部のときに初参加して以来、院生のときもずっと顔を出し、先輩、同期に後輩と、たくさんの方々にお世話になりましたが、近年の大学におけるサークル活動衰退ブーム?(というウワサを耳にするのですが)に乗っかり、残念ながら活動の維持に必要な人数を確保できなかったようです。合奏にはある程度の人数が必要ですしね。
今回は人が集まるか心配でしたが、フタを開けてみたら杞憂に終わったようで、たくさんの人達(30人以上・・・というのは、このサークルが演奏会を開いたときのステージ上の人数に匹敵)が集まり、楽しいひとときを過ごしました。ムスメがいるので夜の部はより若い方々にお任せしましたが、さぞかし盛り上がったことでしょう^^;
最後の合奏の割には、あまり湿っぽくならずにすんだのもよかったと思いますが、これはきっと、今度はかつての仲間としてまた会えるだろう、という期待があるのかもしれません。となると、そのうちまたやらなあかんね。これが本当に最後の合奏にならないよう、何とかしませう(より若い方々に中心になってもらうと思いますが)。
去る11日の土曜日から毎年恒例の研究室合宿に行き、昨日無事帰ってきました。
セミナーなどでいつもお世話になっている名誉教授の先生にも、ここ数年合宿に参加していただいています。この合宿では、参加者は全員何らかの発表をすることになっていて、先生は、年によって、現在の研究テーマの話をされたり、昔の研究にまつわるエピソードを話されたりしていますが、今年は「一冊の数学書」という題目で、先生が数学、特に専門の代数学の研究を目指すきっかけになった本にまつわるお話をされました。印象に残ったので、ちょっと長くなりますが、概要を記します。
先生が生まれたのは1930年(昭和5年)で、ちょうどこの頃から世の中の雲行きが怪しくなりだし、先生が旧制中学、今なら高校生の頃に戦争が終わりました。お兄様が3人いましたが、上の2人が出征し、2番目のお兄様はニューギニアで戦死されたのだそうです。
話は、終戦の年かその前年か、先生が今の高校生の頃の話です。3番目のお兄様は、工業高校で数学の先生をされており(それで招集を免れていたそうですが)、勤務が終わってから、高等数学の講習会に出席して勉強されていました。ある日、お兄様と机を並べて勉強していた親しい一人の人が、1冊の数学書を渡してこう言いました(会話文は先生の配布資料より)。
「今はとても難しくて読めない、将来機会があれば読んでみたいと思って置いた本だが、先日召集令状がきたのでその可能性も失われた。君に献上するから利用してくれたまえ。」お兄様は、その数学書を託され、家に持ち帰りました。先生も、当初その本を開いてみたそうですが、そのときは歯が立たず、戦争が終わり、東京高等師範学校(今の筑波大学)を卒業する頃になって、ようやくその本を勉強し始めました。そして、それが、先生が代数学への道を志す決定的なきっかけになったということです。
お兄様に本を渡した人については、長年、詳細がわからなかったのですが、最近になって、別の古い数学書の間から、その人と思われる名刺が出てきました。それで初めて、その人の名前と、電力関係の会社に勤務していたということがわかったということでした。
先生は、話の締めくくりにあたり、こうおっしゃいました。
「今となっては、兄に本を渡してくれたその人が、戦争から無事帰ってきたかどうかもわからないが、その人が無事帰って来ていることを願っている。皆さんには、皆さんと(歳が)同じくらいかもっと若いような、たくさんの優秀な若者が、学業などの希望かなわず、戦争で死ななければならなかったこと、そのような人達の犠牲の上に、今の平和な時代があることを忘れないでほしい。そして、皆さんは、悩んだりするとき、自分は孤独だと思うかもしれないが、自分は決して1人ではなく、誰かとどこかで何かの縁があることをわかってほしい。」
戦争のために志半ばで勉強をやめなければならなかった(そして死への道を辿らざるを得なかった)人達のことを考えると、自分は、今やっている事も、いろいろな人との出会いなどの縁があって得られたものだし、せっかく与えられたチャンスをサボったりして無駄にしていてはいけないな、という思いを新たにしながら、先生のお話を聴きました。
トリノオリンピックでの荒川静香選手の演技ですっかり有名になった「イナ・バウアー」ですが、今日、車でラジオをかけていたら、こんな投稿が。
我が家のイナバウアーは、5か月になる息子です。抱っこしたりしているときに急に反り返るので、落とさないようにつかまえるのが大変。今日も息子はイナバっています。おおおおお!!!!うちもそう!やっぱりいるんですね〜♪思わず膝をたたいて笑ってしまいました。
我が家のムスメも5か月を過ぎ、最近は寝返りの稽古中。もう少しで体が横を向くところだけど、その際に首をかなり後ろへ曲げるので、かみさんと「イナバウアーだねぇ」と言っていた今日この頃だったのでした。我が家でもイナバってます。がんばれ〜。
普段、晩ご飯の後でムスメをおふろに入れるのだが、ふろからあがる前に湯船の中で20数えることにしている。
これが、最近、数えていると、ムスメがにこにこする。どうも数えているのを聞くとご機嫌になるらしく、声を出したり、手足の動きが激しくなるときもある。おふろに入っているときのご機嫌は日によっていろいろで、ずっと不機嫌な日もあるし、最近は頭を洗うとほぼ毎日泣かれるのだけど、そういう後でも、湯船で数えるとよく笑ってくれる。なぜだか不思議なんだけど、おもしろいね。
・・・という話をかみさんにしたら「それって、もうすぐ上がれることがわかってうれしいんじゃない!?」。だとしたらこっちはちょっぴり悲しいねぇ。そうじゃないといいんだけど、今はまだ本人に聞いてもわからないしね。
今朝、車で仕事場に向かっていて、道端に停車していた車を追い越した。なんかどっかで見たことがある気がするな・・・と思ったら、自分の車と同じ車種、同じ色じゃないですか!
何だそんなことか、と思われるかもしれませんが、今の車に2年近く乗って、同色の同車種に出会ったのはこれが初めてです。バックミラーで後ろを見ている間に奴さんも動き出して、しばらくの間前後で走行(並走ではないですが)。そのうち、後方の駐車場に入ってしまいましたが、親近感がわいたひとときでした。
ナンバーも地域が同じで、このエリアにうちと同じ車が少なくとも1台あることを確認。そういえば、前乗っていた車も、同じ地域のナンバーの同色同車種を1台(だけ、同じ車を数度)見かけたことがあります。
今朝、仕事に出かけようとして、庭先をふっと見ると、土の上に何やら緑色のものが。
よく見ると、どうも昨春に咲いたチューリップの球根が今年も芽を出したみたいです。花が枯れて以降何もしていなかったんだけど、再びのお目覚めに、ちょっぴり感動。
今日、我が家の裏手に、作業服・作業用品専門店の○ークマンが開店。
数日前に配られたチラシに「先着200名様に工具セットをプレゼント」とあったので、朝起きて、引換券を持ってお店へ足を運ぶ。
朝7時開店というのだが、そんなにお客さんいるのかな〜と思いながら行ってみると、結構いるものです。皆さん早いですね。チラシには、開店特価品で、軍手1ダース98円というのがあったが、ちょうど家の軍手を切らしていたので、これを購入。そして工具セットもゲット。ミッション達成。
ついでに、このお店が面している道路、昨年まで北の方面が工事中だった(というか、道になる気配がないと思っていた)のですが、どうやら年が変わる頃にできていたらしい。最近かみさんから聞いたのだが、今朝確認。車が来る来る、たしかに道路はできていた。
この道路、長らく細い裏道をみんな通っていたので、これで便利になる人が結構いるんでしょうね。うちでも以前は荒川沖のジョイ○によく行ったのだが、最近行かなくなったので、あまりご利益には与らないかな・・・
オリンピックの開会式を観た後、昼前に自宅を出て、夕方館山に到着。ムスメと1週間ぶりの再会、最初に「おいすっ」と声をかけたら笑ってくれたし、だっこをしても泣かないでくれた。どうやら忘れないでいてくれたみたい。一安心。
トリノオリンピックが開幕。今日は館山へ向かうのだが、朝起きて、テレビで開会式の録画を観る。途中からちょこっとのつもりが「聖火の最終ランナーは誰?」だの「この人オノ・ヨーコじゃない?」だの、ずっと見続けてしまう。
そして、開会式の最後を飾ったのが、世界三大テノールの一人としても名を馳せたパヴァロッティ。これまたイタリアが世界に誇るオペラの大家、プッチーニの歌劇「トゥーランドット」から「誰も寝てはならぬ」を歌ってました。さすがイタリア。この記事のタイトル"Nessun Dorma"は、この「誰も寝てはならぬ」の原題です。これを見て、昔のことを思い出しました。
以前、所属していた吹奏楽のサークルで、この曲を演奏したことがありましたが、一度、正指揮者さんが練習を休むというので、頼まれて練習を振ったことがありました。このとき「せっかくだから、原曲を一度みんなで聴こう」と思い、大学の図書館でCDを借りました。このときのCDもパヴァロッティだったような気がしますが、とにかくこの歌が入ったCDを持って行った。
そして、合奏のときに「今日は原曲を持ってきたので、一度聴いてみましょう」といってCDをかけた。CDの演奏が終わったら、皆しばらくの間じっと固まって余韻に浸っていました。しばらく待って「じゃ、やりますか?」と一度声をかけたけど、誰も動けない(もちろん歌の通り寝てないけど)。そうやって、30秒くらいは合奏場がし〜んとしてたかなあ。音楽からこんなにインパクトを受けることもあるんですね。この時は、今まで経験した中で一番のものだったと思います。
さて、この歌、日本には(時差の関係で)「寝ないでオリンピック見ろよ〜!」というメッセージになったのでしょうか。ついでに、開会式を見続けたせいで、この日のゴミを出しそびれてしまいました。
車を運転していたらケータイに着信。駐車場に車を止めたところで取り出して見ると、見慣れない番号。はて、これは誰から?留守電にメッセージを残している。
メッセージを聞くと、先日の万年筆の入院先からだ。曰く、
お預かりした万年筆ですが、製造元で廃番となり、修理部品がなくなったので、修理不能の旨メーカーから連絡がありました。
あれまあ、残念。というか、この万年筆、かみさんに就職祝いにもらったものだ。せっかくもらったのに、こんなことになってしまって申し訳ない。ごめんね。
昨日、仕事場のマグカップの1つをきれいに漂白して気をよくした私。「1つ」ってことは、実はもう1つ仕事場にマグカップがあるので、今日はそちらをこっそり持ち帰って漂白。
今日のマグカップ、昨日のものより汚れは目立たないのだが、意外と落ちない。昨日の手順ではよく落ちず、さらにスプレー式の漂白剤をかけて数十分つけて水洗い。しかし、カップの底と下(外側)のへりのしみがちょっと残る。
考えてみれば、今日のカップは昨日のよりずっと古く、汚れもたぶん古いので、落ちにくかったのかもしれません。まあ大体きれいになったし、昨日ほどの満足感はないけどこれでよしとするか。
一人留守番になった機会に、今日は仕事場で使っているマグカップの中を漂白しようと、こっそり持ち帰る。って、全然こっそりじゃないね。いや〜茶渋がついてあまりにも汚れがひどかったので(こっそり持って帰らないとちょっと恥ずかしい)。
そんなわけで、最初にスプレー式の漂白剤をかけ、5分くらい置いてひどい汚れを落とし、それから液体漂白剤に30分くらい漬けて、残りの汚れを落とす。これでもとの白さがよみがえった。当分きれいに使えるかな?
前日、初トライしたDSトレーニングですが、今日、館山を発つ前に、もう一度チャレンジ。今度はじゃんけんではなく、3つのテストに挑戦。
同じ数を次々に引いていくとか、何個もの数字が動いている中から最大値を選ぶとか、数字は普段見ているのでな〜んとなく全体をつかめている気が・・・していたのだけど、気がついたら2、3回間違った数字を選んでいて「下手な鉄砲、数撃ちゃあたる」状態。
それでもテストは無事終わり、算出された脳年齢は39歳。やれやれ、前回の60代よりはずっとまし、実年齢に近づいた。ほっとして帰路についたのでした。
今日は館山でお散歩をしたりしてのんびり過ごし、日が暮れてから出発となった。
きのう、ハイウェイカードがなくなるという話をしたが、帰りに玄関先で、かみさんに「この帰りに買うハイカが最後になるね」と言ったら、お父さんが「ハイカはもう販売終わったよ」。え〜、そうだったのか・・・と、インターチェンジの掲示をよく思い出すと、そういえば、今年3月の使用終了の上にもう1つ日付があったっけ。そう、それは、昨年9月で販売終了という説明だったのでした。というわけで、ハイカの使い納めは昨日となり、帰りの支払いは現金。お金はあったので大丈夫でしたが。
ところで(こっちが本題かな)、ムスメともしばしのお別れ。夕食時に眠りに落ちたのを出掛ける前に(むりやり?)起こし、1週間でチチを忘れるなよ〜、との思いでだっこしたけど、果たしてどの程度伝わったことやら。来週、泣かずにだっこされてくれればいいけどね。
館山に行きましたらば、居間のこたつの上に見慣れない端末(端末と言ってしまうあたり、どうかと思う)が。おぉ、これがかのNintendo DSか。ついでに「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」も入っていたので、風呂上がりに「お手軽脳年齢チェック」に挑戦。
じゃんけんをして、条件に合わせて勝ったり負けたりするのだけど、グー、チョキ、パーを声に出すので、知らない人が見ると、1人でゲーム機に向かってグーとかチョキとか声を出しているのは変に映るかもしれない。ゲーム機が音声認識もするようになったとはすごいな・・・と思ったが、自分の声は「パー」がなかなか認識されずに何度もやり直し。
結果「あなたの脳年齢は60才代」。やはり、パーが認識されないあたりが響いたんだろうな。あと、全体的にのんびり返事してたしな。ということにしておこう・・・
今日は家族揃ってかみさんの実家(館山)へ。というのも、来週の土曜日に、かみさんがクラス会に出るので、それに合わせてかみさんとムスメが1週間程里帰りすることになったわけです。ムスメはかみさんの実家へ行くのは今回が初めてで、車の長旅も初めて。自分は1泊して明日自宅へ戻り、来週末にまた迎えに行きます。
お昼過ぎに家を出て、途中、成田での休憩がいろいろあって長引いたけど、とりあえず日が暮れる前に館山着。で、今回、久々に高速(道路)を通って初めて知ったのだが、ハイウェイカードってこの3月でおしまいなんですね。今回、カードは使い切ったけど、ETCに乗り換えよとのことですか。ふ〜ん・・・
毎朝、行きの車でAFN Eagle 810(もとFENと呼ばれた米軍のラジオ)をかけている(「かけている」だからね〜、効いているかどうかは・・・)のだが、先々週の半ばから、朝の電波がぷっつり途絶えていた。
どうしたんだろう、と思いながら数日過ごすと、電波が出ている日もあって、不思議に思いながら過ごした。先週、新聞のラジオ欄を見ると「後4:00まで休止」と出ている日もあったが、理由はわからず。
今週は普通に聞こえているみたい(今日も聞こえた)。最近の停波は一体何だったんでしょう。そしてAFNの電波はこれで朝も復活となるんでしょうか?
今日は午後から雨足が強まり、夕方帰る頃には今年に入って一番強い、土砂降り?と思わせる雨になった。
帰りの道はそこかしこが冠水してちょっとした洪水。おまけに日も暮れていて、車を運転していてもすぐ手前でヘッドライトに照らされるまでわからない。「あっ」と思った時には水たまりに勢いよく突っ込んで、かなりの水しぶきを上げてしまった。幸い歩道に人はいなかったみたいだけど。
家に着く頃には雨足もすこし落ち着いていました。
今日は食べ物ネタが2つ並んでしまいましたが、仕事を終えて帰ろうとすると、はるか彼方から、車の音に混じって「♪ぎょう〜ざ〜、ぎょうざ〜・・・」という声が(もちろんテープ)。
もしかして、先週買ったぎょうざ屋さんかな?(詳しくはリンク先を見ていただくとして)そのぎょうざ屋さん、所沢ナンバーでやってきましたが、茨城県南地域をくまなく歩いているそうで、大学の周辺は、学生さんに合わせて比較的遅めの時間帯を選んでいるのだとか。でも今日はちょっと早いかな。となるとこの間のぎょうざ屋さんでないかも。
ともあれ、先週の味をなつかしみながら家路に着いたのでした。
昨日は午後の買い物が遅くなったので、夕飯は○武のラーメン屋さんになりました。
このラーメン屋さん、これまで2回食べたのですが、2度ともおなかをこわしてしまったのでした。1回目はラーメン、2回目はチャーハンだったのですが、はて、今回はどうしよう・・・ということで、今回は焼きそばに。麺の揚げ具合もよく、うまかった。
で、今日1日が過ぎましたが、おなかは大丈夫だったようです。どうやら、これまでの不調の原因はスープにあったか?でも前2回は(自分のペースとしては)早食いだったしな。次回は(たぶん、ラーメンを)もっとゆっくり食べることで、原因を調べてみましょうか・・・
所属のホルンアンサンブルの今年初合わせ。1月ももうおしまいですが、自分にとっては今年の吹き初めです。そのうえ、自分が練習に出るのは昨年8月以来だったので、楽器ケースを開けるのが怖かったのですが(実際、バルブに木ダボを当ててハンマーでトントン・・・という恥ずかしい始末)、何とか楽器は“作動”しました。
今日の練習は、参加者が3人ということで、デュエットとトリオを選択。デュエットは(昨日がモーツァルトの誕生日にちなみ?)モーツァルトのホルン協奏曲第4番第4楽章(ロンド)。この曲は、ソロ+4重奏とか、いろいろアレンジがありますが、デュエットでもなかなか楽しめます(が、疲れます)。今日は譜面を追うので手一杯(というか、下のパートはかなり編曲;-)。ついでに、この曲は、モーツァルトが曲を献呈した(友人のホルン吹きで肉屋さんの)ロイドゲープに対していたずらをしかけたフレーズなどもあるそうですが、次回はその辺も楽しみたいところ。
トリオの方は、ヤマハから出ている「初めてのアンサンブル曲集(後藤洋編)」。前半は、いろんな歌のアレンジ。1ページ目に「若者たち」なんて曲があって「♪君の〜行く〜道は〜」なんて、なかなかの渋さです。自分もリアルタイムで聴いていたわけではありませんが、今の学生さんたちは知らない人も多いんでしょうね。後半はオケの曲からの抜粋。フレーズが続くはずのところで終わっていて、ああ何て潔い終わり方なんでしょうと思ってしまった。
久々に吹いたのですが、終わりの方では、高音域がすぐに使いものにならなくなることに気付きましたが・・・久々だし仕方ないかな。吐く息の支えもだいぶなまっています。この辺は次回以降に向けて忘れないようにしないと。頑張りましょう。
はやっているのかよく知りませんが、かみさんから「こんなのがあるよ〜!」と聞いたので、仕事に区切りがついたのを機にやってみました。「ATOK presents 全国一斉!日本語テスト」。
結果は73点。敬語などは意外とできていた。弱点として指摘されてしまったのが、漢字、熟語の読み間違い。たしかに熟語知らないもんな〜。漢字も書かないし。これからどうやって鍛える?
入院といっても人ではありませんのでご安心を。
今日で仕事が一段落したのだが、今回、いつも使っていた万年筆の調子が悪かった。軸からインクが漏れて、 せっせと拭きながら原稿を書いていたのです。ついでに、キャップのクリップもどこかが壊れたらしく、ゆるんでしまったので、これを機会に万年筆を修理に出すことにした。
○武の文房具売り場に出そうと思って行ったが、昨春の改装で文房具売り場がなくなったらしい(今まで気付かなかったとは・・・)。そしたら、かみさんが「隣の○フトにあるのでは」ということで、行ってみたら、無事修理を受け付けてくれた。
修理期間の見込みは約1か月。ちゃんと直って戻ってくるといいですね。ついでに言うと、万年筆はもっと頻繁に使った方が彼(彼女?)のために良いらしい。前回使ったのいつだったかな〜?もっとまめに使う機会をもとう(=論文を書かないと!)
昨夜、乾燥機を使っていたら、突然止まって動かなくなった。乾燥機が動かないのは不便なので、今日、父と調べることに。
玄関に古い毛布を敷き、乾燥機を運び出す。毛布を敷くのって、高校のとき吹奏楽部でパーカッションの楽器を包んだのを思い出しますね。
父は先日買ったという電動ドライバーを取り出し、後ろのカバーがあっという間に外せた。初使用とのことで、チチ曰く「ちょうどよい練習」になったということであるが、嬉しそう(自分もそうだが)。
カバーを外して部品を調べると、ヒーターのところにある温度ヒューズが切れている。とりあえず乾燥機がストップしたのはこれが原因らしい。そこで、ジャンバー線でヒューズの両端をつなぎ、電源を入れてみる。これで動けば、あとはヒューズの交換で動くはずなのだが・・・残念ながら動かず。しかも、焦げ臭いにおいが。どうやら壊れたのはドラムを動かすモーターらしい。モーターが壊れた→ドラムの回転が止まった→ヒーター付近の温度が上がった→温度ヒューズが切れた、ということのようだ。
これで、残念ながら乾燥機は逝ってしまった。実家の新築以来、20年以上に渡って働いてきたが、さすがに寄る年波には勝てなかったのだろう。これまでの働きに感謝。
一方、よりによって大晦日に壊れるとは、不便。父は市内の電気屋に電話してみたが、どの店も「今はもう乾燥機単独では(売れないので)置いてません」とのこと。使っている時には便利さをあまり意識しないものですね。そんなことで大晦日の昼は過ぎていったのでした。
ちなみに、午後母と買い物に出かけた父が、室内用の物干し台を買ってきてくれました。
ムスメが生まれてから早いもので3週間近くになる。この間、めでたく名前もつけ、出生届も出したが、本来はお七夜の行事の一つである、命名の奉書—子供の命名を奉書紙に毛筆で書くのが延び延びになっていたので、この3連休でやることにした。
文字通り「筆無精」で、中学の書道の授業以来筆も持ったことがなかったので、初日は筆運びの感覚や、止め、はね、はらいといった基本を思い出すために筆を走らせるので終わる。2日目は筆使いにもすこし慣れ、名前の字の練習。
そして、今日はようやく清書、何とか書き上げる。これで父親の最初の務めを果たし、ホッとしたひとときを迎えた。出来栄えは…自分としては心がこもっているのでよしとしたが、将来、ムスメが見た時に何と言われるでしょう!?
前回の予告通り、この日はかみさんとお出かけ。行く先は上野の旧岩崎邸庭園。三菱の岩崎家の本邸として建てられた建物と庭園だ。
一昨年から一般公開が始まったとのことで、最初かみさんから話を聞いたときは「ふ〜ん」程度に聞いていましたが、あのコンドルが設計したと知ってがぜん興味がわいてきました。
本邸の建築は1896年。本邸の洋館を設計したジョサイア・コンドルは、明治期のいわゆるお雇い外国人の1人で、日本の洋館建築の先駆者といえる人です。この岩崎邸以外にも、鹿鳴館や東京帝室博物館等、多数の建築を手がけたのみならず、工部大学校(現在の東大工学部)で、辰野金吾(東京駅を設計)、片山東熊(東宮御所、現在の迎賓館を設計)といった第一人者達を育てました。そんな建物を見に行くというのですから、これはぜひ見ておかなければ。
門を入ったらゆるやかな坂を上る。洋館はwebでもいろいろ紹介されていますが、入ってみると、床から天井までの重厚な造りに驚く。あちこちの部屋やホールに暖炉がある。使うのもお手入れもさぞ大変だったことでしょう(お手伝いさんが必要!)蒸気暖房のラジエーター(本体のプレートを見るとアメリカ製。古い)も、つる草の模様入りで、自分が中学や高校時代に学校でおなじみだったものとは違い過ぎ。
洋館の内装はぴかぴかに磨き上げられていましたが、ここまで復元するのには大変な苦労があったのではないかと思います。洋館の隣に建っている撞球(ビリヤード)室もあったのですが、こちらの方はまだ壁の木目も白っぽく汚れており、壁紙もかなり色あせていました。復元前といった感じ。中を見ることができましたが入ることはできませんでした。
もう一つ、興味深かったのは、洋館とつないで同時期に建てられた和館。洋館が、主に当主の仕事場とお客さんをもてなす場として機能していたのに対し、和館の方は岩崎家の家族と使いの人達の生活の場だったようです。惜しむらくは一部を残して現存していないこと。建築当時の和館は底面積で洋館をしのぐ大きさだったのだが、特に取り壊された部分は彼らの住まいがあったようで、もし残っていたら、当時のお屋敷の造りや生活様式を知る上で興味深い手がかりになったことでしょう。
見学後、和館の軒先で休憩しましたが、緑に囲まれているためか、暑い日差しにもかかわらずさわやかな風が吹き抜けていきました。庭先でスズメが砂浴びをするのを初めて見ました。
今週は月曜から金曜まで休みをとっているが、家のこまごました作業で(それなりに)フル稼働。
土・日はクローゼットの中を整理。月曜から、軒先アンテナの取り付け作業。室内配線はやったことがあるけど、屋外配線は初めてだったので、いろいろ戸惑うこともあった。今回身につけた知識は以下の通り。
こんな感じでうだうだとやってましたが、水曜になってようやく取り付けが終わりました。今日は再びクローゼットの整理。明日こそはオフ(かみさんとお出かけ)か!?
このところ暑い日が続いたが、昨日あたりから一段落。そんな中で、この日、職場の懇親会があり、夕べの楽しいひとときを過ごした。
それから自転車で家へ向かっていたのだが、中間地点にさしかかった頃、突然後輪が「ガタン、ガタン」と揺れはじめた。パンクだ!すぐ自転車を止めて後輪を調べてみると、思った通り空気はスカスカ。替えのチューブは持っていたのだが、あいにく携帯用の空気入れは家だ(冬に、フレームにマウントするラバーバンドが切れたので、家に置きっぱなしだったのだ)。
ここでまず考えたのが、この自転車を買ったお店が自分の来た道にあったので、修理に間に合わないかと。引き返して自転車を引いて歩く。すぐ近くだと思ったのだが、それは自転車に乗っていたからそう思っていただけのようで、実際は結構距離があるようだ。そしてようやくお店にたどり着いた。明かりはこうこうと灯っていたが、すでに閉店の後だった…
再び踵を返して家へ向かう。途中、かみさんに電話をかけた。パンクの説明をする。心配して迎えに行こうか、と言われたが、家の車は保険の都合でかみさんは運転できない。大丈夫、歩いて帰る、と言ったが、心配かけてすまんねぇ…
あとはひたすら家を目指して歩くのみ。自転車は何と偉大な技術なのだろう、歩いて家に帰るような気力があるのなら、これをもっと普段数学にも生かさなあかんな、なんてことを考える。スピードメーターで自分の歩く速さを見たら時速5kmらしい。結局、自転車で40分かけて帰るところを、自転車で15分位走ったところでパンクして、それから自転車店へ行きつ戻りつ、2時間程歩いて家に着いた。
後で、自動車のスピードメーターで距離を測ったら、パンク地点から家まで約9km、加えて、パンクの地点から自転車店まで約500mあったので往復で1km、計約10km歩いていたのでした。かなりバテバテだったが、世の中にはもっと長い距離をホイホイと(でもないのかな?)歩く人達もおられるようで、あらためて彼(彼女)らのすごさを感じたのでした。
東京のちひろ美術館を訪ねた。かねてからかみさんのリクエストがあったのだが、夏を過ぎるとしばらく行くチャンスがなくなりそうだったので、今回行くことにした。
電車に揺られ、閑静な住宅地を歩いてたどり着く。以前来たときと変わった、とかみさんが言っていたが、建物の外観は、新しそうなんだけど奇をてらった感じはない。赤茶色の外装が昔の家屋のトタン屋根を思い起こさせる。
館内をゆっくり見て回った。ちひろさんの仕事は、仕事をされた当時は現在程目立たなかったのかもしれないが、確たる信念をもって描いたからこそ、現在こうして自分も含め多くの人達の心を引きつけ、美術館に足を運ぶのだろうと思った。
翻って、今の大学は、競争の時代に入っている。世間にすぐに役に立ったりアピールしたりできるような研究を大勢で追いかけるような風潮も見受けられる。それが元手となる資金を得るための有効な手段の一つとも言えるのでやむを得ないとは思うけど。
そのような中で、数学はと言うと、世間からは難しそうなものに映るのかもしれないし、すぐに世の中の役に立つというわけでもない場合が多いので、周りにばかり目がいって足がすくみそうにもなる。しかし、ちひろさんの仕事のように、自分を見失うことなく、本当に価値がある物を作り続けることも大切だな〜と、今回の訪問で思った。もちろん、世の中へのアピールも大切。数学の価値や楽しさをより多くの人達に知ってもらうことが、数学を後世に伝えるために必要不可欠なので。
大学時代のサークルの友人夫婦(ダンナは自分と同期、奥さんは自分のかみさんの1つ下)が近所に来たとのことで、一緒にご飯でもどう?と、かみさんに連絡をとってもらったのだが、ダンナの方が別の友人宅で飲んでいるとのことで会うのを一度断念。ところが、再度連絡が入り、話を聞くと、その友人というのが、自分が大学1年のときに一緒のクラスだった友人夫婦であることが判明!早速訪問と相成りました。
今回の訪問先の友人夫婦、ダンナの方とは大学院時代にもたま〜に学校で顔を合わせることがあったたが、奥さんと会うのはホントに大学卒業以来。「てるちゃん変わってないね〜」と言われたが、2人も(いい意味で)変わっていなくて、お互い元気で再会できたのがうれしかった。
訪問先のダンナとサークルの同期の友人が、大学院で一緒だったのでこういうことになったのですが、それにしても今回はびっくり、でも旧友と再び親交を温められるのはよいものです。
今日、職場の別の学科で、Google Tokyo R&D Centerの人が来て、Googleの舞台裏の話をするという講演会があるということで、聞きに行ってみた。
当初、会場は10階の部屋を予定していたが、予想以上にたくさんの人が集まったので、急きょ1階の講義室に変更。
講演の内容は、Googleを支える技術の紹介で、今回は特に、漁ったwebページの情報を蓄積、保持し、検索を行うためのシステムの紹介が中心であった。この辺の話は以前どこかで読んだ記憶があり、それを思い出しながら聞いていたが、スライドでは、プロジェクト旗揚げ時以来の各時代別のシステムの写真も紹介されたり、直接関係者の話を聞く機会がないと触れられないような、興味深い話も聞くことができた。
講演後の質疑応答で、学生で質問しているのは留学生の人達だった。日本の学生諸君もこういうときにもっと積極性を発揮してほしいなぁ…と思いながら聞く質疑応答でした。
最後に、Google Tokyo R&DのTシャツが配られたので、自分も1枚もらってきました。「東京」が漢字で書かれているのがおもしろいですね。
ある先生と毎週金曜日に行ってきたセミナーだが、今年度は今日から再開することになった。そこで、久々に教科書を開いてみたら…
しおりに貼っていた付箋の外へ出ていた部分がちょっと日焼けして、色が変わっていた(わかりづらいかもしれませんが)。たしかに、前回のセミナーをやったのは2月だったので。2か月なんてあっという間ですね。
ちなみにこのセミナー、今の教科書は2年半前に読み始めたのですが、時が経つとともにメンバーは1人減り、2人減り…そして「言い出しっぺ」の後輩も、この春大学院を修了して新任地(といっても学内)へ赴き、これからは先生と自分の2人になりました。読破を目指して、これからも、じっくり、楽しみながら取り組みたいと思います。
昨日はかなり暖かかったが、目のかゆみが強烈で、一日中目が赤いままだった。ゆうべ寝ている間もかゆくて、夜中に目を掻いたのを覚えている。
今朝も花粉症の鼻炎止めを服用したが、それが目にも効果があったのか、午前中は目、鼻とも昨日のような症状はかなり和らいだ。あるいは今日は自転車で来ていないので、昨日ほど花粉に当たらなかったからか?
お昼を過ぎて、この日記システムの不具合を直し、これを書いている間に、目、鼻とも再び症状が出始めているのに気付く。薬を飲もうか。
昨日は肌寒かったが、今日は朝からまずまずの天気。この陽気に誘われ、1月下旬以来玄関に停めていた自転車を引っ張り出し(いちおう先週末に点検はしましたが)、久々に自転車で仕事場へ向かう。
家の近くでは冷気が腕や胸をひんやりと冷やすが、陽が昇ってきたせいか、段々あたたまってくる。久々に外の風を切って走るのは気持ちよいものです。
途中立ち寄ったコンビニで、学部時代からお世話になっているコピーセンターの御主人に偶然会う。同じ学科の院生の人が製本を頼んだそうで、お世話になってます。
午後、かみさんとのんびり筑波の某モールでお買い物。と、研究室の後輩が。彼が参加しているジャズバンドのライブがモールのステージであるそうだ。
このときはまだ時間が早かったので、はたして見られるかなーと思ったが、本屋で時間をとり、お茶をしていたら、あっという間にその時間になったので、ステージへ足を運ぶ。
最初の曲を聴いたら立つつもりだったが、最後まで拍手を送った。なかなか楽しめた。早く春の暖かさが来るといいですね。お疲れさま。
自分が参加しているアンサンブルでも、そのうちレパートリーがたまったらこういう場で発表できるとよいねぇ、と思うのだが、配置をどうするとか、音響はどうなるとか、悩みそう…でもその前にまずネタを作らなきゃねぇ。