これまで2度お伝えした[1回目] [2回目]、駅前のスーパーの工事現場ですが、だいぶ形がはっきりしてきました。
建物自体は写真の大きさでほぼ決まりのようで、屋上に駐車場がつくようです。今日は日差しがかなり強かったですが、工事は着々と進んでいるようです。
お気楽さんすう屋さんateruiの日々の記録と思考錯誤?のたまり場です。
"easy arithmetician" aterui's spot for daily records and thoughts.
このところムスメはご難続きで、先週末の嘔吐からようやく復活してきたかな・・・と思ったら、今度は火曜の未明に発熱。
ムスメの発熱はこれが初めてで、ただでさえ赤ちゃんは『熱源』だけど、それにも増して、大人なら参ってしまいそうな熱さに思えてちょっと心配。もっとも、先月、自分が風邪をひいたときに受診した先生が「病気に対する反応は(年齢が)若い方が強いので、赤ちゃんなどはばーっと熱を出してすっと引いてしまう。大人はそれ程熱が出ないんだけど、歳をとるとそれだけ抵抗力がにぶるということでもあるのです。」と言っていたので、なるほどそうかとも思い、とりあえず落ち着いて様子見ることにする。(かみさんが病院に連れて行ってくれた。)
幸い、今は熱も下がってきたが、これからもう少し養生が必要かと思う。こっちも風邪には気をつけて、お互いがんばろう。
今日、ひょんなことから、大きな地図が手に入りました。何でも「今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布図」ということで、正確にはハザードマップとは違うかもしれませんが、興味深いものです。
テーブルの上に広げたところ、はみ出るほどの大きさでした(テーブルが小さいからかもしれないが、写真からもはみ出ています)。ちなみに、我が家の近くのデータは「南関東で発生するM7程度の地震:M6.7~7.2程度が70%程度」となっていて、地図のエリアも赤なので注意が必要のようです。
出典:防災科学技術研究所研究資料第275号、全国を対象とした確率論的地震動予測地図作成手法の検討 附属資料、(独)防災科学技術研究所
ムスメを夜間外来へ連れて行って2週間。体調も持ち直し、離乳食も徐々に増やしてきたところ。
ところが、そろそろ仕事から帰ろうと思っていたら「すぐ帰れ」の知らせ。ムスメが再び嘔吐したとのこと。2週間前の再来か!
すぐ帰って、ムスメを連れてかみさんと病院へ行く。幸い、前回の経験が生かされ、病院にはすぐ連絡がついたし、迷わずに着いた。ムスメも症状は落ち着いたみたい。帰ってから、衣類の洗濯。前回は感染対策をほとんど何も考えず、洗濯で自分もうつったかもしれないということで、今回は手袋もして、余計な物を触らないよう注意し、終わった後はアルコール除菌スプレーで消毒、と念を入れる。ムスメは静かに寝たようだ。やれやれ。
(その後の話、詳しくはかみさんの記事へ・・・)
6月13日に、指揮者の岩城宏之さんが亡くなりました。
私は、特に岩城さんの指揮をよく見ていたわけではありませんが、自分が以前入っていた市民オーケストラで、ステージマネージャー(ステマネ)という仕事に凝っていたときに、岩城さんの著書「フィルハーモニーの風景」(岩波新書、1990)を読んで、ステマネの仕事をいろいろ学んだことを思い出しました。
ステージマネージャーは、オーケストラが演奏会を開くときに、オーケストラが乗るステージを取り仕切る仕切り屋の一人です。一口に演奏会といっても、ホールの特性や、演奏する曲に合わせて、オケ(楽器)の配置を変えたりします。ステージにはたいていひな壇を組みますが、ひな壇をどう組むかとか、照明をどのように当てるかとか、指揮者やオケの意向を汲みながら、舞台上のプロデュースを行うのがステマネの仕事(の一部)です。時にはホールが狭かったり、合唱団が入ってステージがぎゅうぎゅう詰めになったり、いろいろな制約がある中で、指揮者の目指す音楽作りを最大限生かすのが、ステマネの腕の見せ所です。 さらに、本番前には、リハーサルの進行に合わせてのスケジュールの時間調整、本番では、楽屋への呼び出しや、水やおしぼりの用意など、指揮者のマネージャーとしても働きます。
私が、オケでステージの仕事を任されるようになったばかりの頃は、自分の役割がステマネの仕事だということもよくわかっていませんでした。この仕事を始めて数年経ったときに、あるきっかけでこの本を読み、この仕事の面白さを見出しました。私が携わったステマネの仕事では、合唱団をひな壇の上に全員乗せるのに苦労したり、ホールのこけら落とし以来使ったことがないというひな壇を引っ張り出したり、など、いろいろありましたが、指揮者の方々からもたくさんのことを教わりましたし、1回1回の演奏会で苦労した分、舞台が成功するたびに充実感を得ることができました。
オケでは他にもいくつかの仕事をやらせてもらいましたが、ステマネの仕事で学んだことがその後の仕事にも生かされたことがいろいろあったと思います。
ここでは主にステマネの話を書きましたが、それ以外にも、この本には、オケのオモテとウラの興味深い話がいろいろ書かれています。あと、岩城さんの本でもう1冊おもしろかったのが「楽譜の風景」(岩波新書、1983)という本で、こちらでは楽譜のオモテとウラの興味深い話をいろいろ知ることができました。 謹んでご冥福をお祈りします。
このたび、初めてバトンなるものをいただきました。少々緊張気味ですが、いきましょう。
なお、趣味は相当クラシック、特にホルンに偏っておりますことをお断り申し上げます。
1. 初めて好きになったアーティストは?
ピンク・レディー(アーティスト、かな?)。
幼稚園か小学校に入った頃、NHK FMの「ひるの歌謡曲」を親に録音してもらった。
2. 初めて買ったCDは?
ショパンのピアノ協奏曲第1番。ブーニン(ピアノ)、ワルシャワフィル、1985年のショパンコンクール優勝のときの録音。
何でこんなのを買ったかって、そのときのブーニン・フィーバーはすごかったんですよ、ホント。翌年、初来日の時は、全国で6か所しかコンサートがなかったのに、その1か所がわが地元になって、しかもラッキーなことにチケットが手に入って聴きに行けた(前売り開始日はホール前に朝6時から行列ができたとか、発売1時間で売り切れたとか、とにかくうちのような田舎では前代未聞のことばかりだった)。当時家にはまだCDの再生機がなかったのですが、まぁコンサート行った勢いで会場で買ってしまったんですな。
ちなみに、私の場合「初めて買ったLP」というのがありまして、姫神(シンセサイザー)の「まほろば」でした。
3. 今持っているCDの枚数は?
270~280枚くらい。(昨秋以来CD屋さんにほとんど行ってない。)
4. 今1番好きなアーティストは?
誰かなぁ。最近ちゃんと聴いていないもので・・・
5. 1番最近買ったCDは?
アイファー・ジェイムズ(ホルン)『ホラ・スタッカート/超絶のホルン』。
「チャルダーシュ」圧巻。彼がフィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルで演奏した「チャルダーシュ」もすごい(CD出てますか?)。
6. 普段言わないけど実は好きなアーティストは?
夏川りみ。「涙そうそう」が売れる前に、NHKの新ラジオ歌謡で出た「花になる」を仕事帰りの車で耳にして以来の隠れファン。
7. 解散して残念だなぁ~って思うアーティストは?
フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル。まぁ大分昔だからしょうがないか。
トスカニーニとNBC交響楽団。異様なほどのテンポと緊張感がたまらなかった。まぁ大昔だからしょうがないか。
ピアソラと新タンゴ五重奏団。なんかみなぎる緊張感が好きみたい^^;
8. 初めに思いつく1人のアーティストは?
う~ん、パッと思いつかない・・・
9. 初めに思いつく2人組のアーティストは?
狩人。信濃路に行くんでしょうけど「あずさ2号」は新宿から出てるわけはないから、どこから乗るの?
10. 初めに思いつく3ピースのアーティストは?
室内楽で3人のグループってあまりないんでない?
11. 初めに思いつく4人グループのアーティストは?
アメリカン・ホルン・カルテット。ホルンアンサンブルに新風を吹き込んだ。ほら吹きは必修(聴くだけね。演奏は大変)。
12. 初めに思いつく5人バンドのアーティストは?
アフラートゥス五重奏団。ホルンのバボラークをはじめとする、チェコの気鋭の若手による木管アンサンブル。ほら吹きは注目!
13. 好きなサウンドトラックは?
アラビアのロレンス、サウンド・オブ・ミュージック、耳をすませば。
14. 最近1番よく聴いてる曲は?
特にないな~
15. 音楽聴くときに使ってるものは?
家のDVD/HDDレコーダ、PowerBook&iTunes、車のFMラジオ。
16. 好きな名前のアルバムorシングルは?
The Passion of Reason / The Sour Cream Legacy
タイトルからは何のディスクかさっぱりわからんが、古楽のCDです。The Passion of Reasonがタイトルで、The Sour Cream Legacyがアーティスト名。フランツ・ブリュッヘンでピンときたら古楽度大。
17. 今一番気になるアーティストは?
Il Divo。イケメンでクラシカルな声で受ける。さすが欧州(彼らは米国発のようですが)。
18. 今までに一番聴いたアルバムは?
リヒャルト・シュトラウス/ホルン協奏曲 第1番、第2番、ヒンデミット/ホルン協奏曲 (国内盤)
デニス・ブレイン(ホルン)/ウォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)/フィルハーモニア管弦楽団(管弦楽)
ぱっと聴いただけではそのすごさに気づく前に通り過ぎてしまうような感じです。
19. 一番好きな曲は?
好きな曲はいろいろあって甲乙つけがたいが、マーラーの交響曲第5番の第4楽章「アダージェット」。以前「アダージョ・カラヤン」のCDで流行ったかな。
20. バトンを回す音楽好きな5人
スイケンな方々で、こうじさん、かなめさん、たけぽんさん、piroxyさん、てるまゆさん。いかがでしょう?よろしく!
今週半ばに風邪で医者にかかった私達であるが、週末にかけて何とか体調を持ち直してきた。ムスメにはうつさずに済ませたいと思っていたところ。
ところが、そのムスメが、ゆうべ、おやすみ前の授乳中に大量に嘔吐。自分はふろに入ろうかとしていたところだったが、かみさんのヘルプコールに何事かと思って戻ってみたら、こりゃ大変。幸い、ムスメは顔色も悪くなく、吐いた以外は落ち着いているようだったので、一呼吸置いてから、診察を受けようと病院を探し始める。
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、赤ちゃんは小児科の先生にかかることに越したことはないので、小児科の先生のいる救急外来を探す必要があるわけです。私の住む地域(茨城県南部の常磐線沿い)の夜間の小児救急外来の受け入れ状況について、今回わかったことを書いておきます。
- 牛久愛和総合病院(牛久市):救急外来がありますが、小児科は受け入れていません。
- 筑波メディカルセンター病院(つくば市):救急外来がありますが、小児科の受け入れは20:45までです。
- 土浦協同病院(土浦市):救急外来があります。小児科の受け入れもあります(時間制限は聞いていませんが、念のため確認された方がよいと思います)
受け入れてくれる病院がわかり、急いで地図を出して場所を調べる。病院に電話をかけるときに電話番号を調べていて思ったが、こういうときは検索の時間が非常にじれったく感じられます。やはり前もって調べておくに越したことはないと実感。場所も調べてさあ行くかとなったらムスメが再び嘔吐。あせるが落ち着いて・・・
結局、最初に事が起こってから1時間くらい経って、病院へ到着。幸い、早く診てもらい、胃腸炎だろうとの診断。かみさんからうつったと思われる。症状も落ち着いたようで一安心。まぁそれだけ仲良しってことだね。
夜が明けて、かみさんはムスメをかかりつけの小児科へ連れて行き、胃腸の薬を処方してもらって帰ってきた。今度は自分も何だか胃がむかむかする。自分も胃腸炎だったらどうしよう。念のため、ということで、先日かかった内科に行ったら、先生曰く「先日のお薬で胃が荒れてしまったようですね。すみません」。ほっとして、胃薬を処方してもらい、帰宅した。いずれにしろ、家族皆早くよくなりたいものです(かみさんの日記はこちら)。
朝、かみさんが体の不調を訴える。胃がむかむかして動けないらしい。
そこで、午前中は家にいて、家事やムスメの世話を手伝っていた。そしたら急遽、かみさんのお母さんが来てくれることになり、昼前に到着したのでバトンタッチ。
今日は授業があり、仕事場に行かないわけにはいかなかったので、とりあえず授業をやって早々に帰宅。そしたら、ちょうどお義母さんがムスメを連れて、かみさんを迎えに病院へ行くところだった。かみさんが帰ってきて話を聞いたら、急性胃腸炎とのこと。風邪がおなかに来たらしい。
で、問題はここから。念のため、と、自分も熱を測ってみたら、熱があった!実は、自分も、のどが痛くて鼻水が出ていた。一昨日夜、暑かったので、布団をかけずにタオルケット2枚のみで寝たのがたたったのだが・・・それにしても自分も熱とは。しかも、先月熱を出したパターンに似てきたみたい。早速、かみさんが行った駅近くの内科へレッツゴー。
受付で「初めてです」と保険証を出したら、受付の人が保険証を見るなり「えっ!?」という顔をしてこっちを見た。すかさず「先程のオットです^^;;」と弁明。「いっしょに風邪ひいちゃいましたか~」などという話をして、待合室へ。
診察の結果、かみさんのかぜとはちょっと違い、自分の方がより「普通の」風邪に近いらしい。薬を処方してもらって帰りましたが、まぁ先月より症状はましだし、養生しましょう。それにしてもお義母さんに来ていただいて本当に助かりました。
連休ということで、昼下がり、家族で万博記念公園へ繰り出す。ムスメにとっては初ピクニック。芝生に敷いた敷物の上に寝っ転がると、雲がたなびく青空や、その手前に広がる木々を不思議そうに眺めていた。
せっかくの機会なので、水辺に降りてみる。と、池の主のあひるが1羽、橋のうえをぶらぶらしてるでないですか。ムスメをご対面と思って近寄ると、低い声で「ぐぁ~っ、ぐぁ~っ」と鳴いている。しかも、頭の毛を逆立てていて、ご機嫌がすぐれない模様。近寄ると結構威圧感があり、ちょっと心配になる。(写真では小さく見えるけど、これは大人の目の高さから撮ったからで、ベビーカーの高さで見ると結構でかいですね。)
一方、ムスメは眠たそうな目をしてどこ吹く風。結局、あひるとのご対面はそこで終わりました。もと来た道を引き返すときにしばらく後をつけられたのは自分の方でした。
先週に入ってからムスメが風邪をひいたようだ・・・と思ってたら、そのうち自分ものどの痛みと鼻水が。もしかしてムスメに風邪をもらったかな・・・と思いつつ、適当にやりすごしながら週末を迎えた。
ところが、土曜日の夕方になって、ちょっとしんどくなったと思って熱を測ったら、37.8度もあった。大方の病院で午後の診療も終わってしまったので、かみさんに夜間外来へ連れて行ってもらう。ちょうどこの日からかみさんのお母さんに来てもらっていたので、助かりました。
日曜日は一日寝ていた。寝込んだのは昨春のインフルエンザのとき以来だと思うが、徐々に復活しつつあります。今週くらいはギアを落として安全運転です。ムスメも早くよくなれ(なろう)。
自分が大学のときからずっとかかわってきた、大学の吹奏楽のサークルが、今月でその幕を閉じることになり、最後の合奏が行われました。
学部のときに初参加して以来、院生のときもずっと顔を出し、先輩、同期に後輩と、たくさんの方々にお世話になりましたが、近年の大学におけるサークル活動衰退ブーム?(というウワサを耳にするのですが)に乗っかり、残念ながら活動の維持に必要な人数を確保できなかったようです。合奏にはある程度の人数が必要ですしね。
今回は人が集まるか心配でしたが、フタを開けてみたら杞憂に終わったようで、たくさんの人達(30人以上・・・というのは、このサークルが演奏会を開いたときのステージ上の人数に匹敵)が集まり、楽しいひとときを過ごしました。ムスメがいるので夜の部はより若い方々にお任せしましたが、さぞかし盛り上がったことでしょう^^;
最後の合奏の割には、あまり湿っぽくならずにすんだのもよかったと思いますが、これはきっと、今度はかつての仲間としてまた会えるだろう、という期待があるのかもしれません。となると、そのうちまたやらなあかんね。これが本当に最後の合奏にならないよう、何とかしませう(より若い方々に中心になってもらうと思いますが)。
去る11日の土曜日から毎年恒例の研究室合宿に行き、昨日無事帰ってきました。
セミナーなどでいつもお世話になっている名誉教授の先生にも、ここ数年合宿に参加していただいています。この合宿では、参加者は全員何らかの発表をすることになっていて、先生は、年によって、現在の研究テーマの話をされたり、昔の研究にまつわるエピソードを話されたりしていますが、今年は「一冊の数学書」という題目で、先生が数学、特に専門の代数学の研究を目指すきっかけになった本にまつわるお話をされました。印象に残ったので、ちょっと長くなりますが、概要を記します。
先生が生まれたのは1930年(昭和5年)で、ちょうどこの頃から世の中の雲行きが怪しくなりだし、先生が旧制中学、今なら高校生の頃に戦争が終わりました。お兄様が3人いましたが、上の2人が出征し、2番目のお兄様はニューギニアで戦死されたのだそうです。
話は、終戦の年かその前年か、先生が今の高校生の頃の話です。3番目のお兄様は、工業高校で数学の先生をされており(それで招集を免れていたそうですが)、勤務が終わってから、高等数学の講習会に出席して勉強されていました。ある日、お兄様と机を並べて勉強していた親しい一人の人が、1冊の数学書を渡してこう言いました(会話文は先生の配布資料より)。
「今はとても難しくて読めない、将来機会があれば読んでみたいと思って置いた本だが、先日召集令状がきたのでその可能性も失われた。君に献上するから利用してくれたまえ。」お兄様は、その数学書を託され、家に持ち帰りました。先生も、当初その本を開いてみたそうですが、そのときは歯が立たず、戦争が終わり、東京高等師範学校(今の筑波大学)を卒業する頃になって、ようやくその本を勉強し始めました。そして、それが、先生が代数学への道を志す決定的なきっかけになったということです。
お兄様に本を渡した人については、長年、詳細がわからなかったのですが、最近になって、別の古い数学書の間から、その人と思われる名刺が出てきました。それで初めて、その人の名前と、電力関係の会社に勤務していたということがわかったということでした。
先生は、話の締めくくりにあたり、こうおっしゃいました。
「今となっては、兄に本を渡してくれたその人が、戦争から無事帰ってきたかどうかもわからないが、その人が無事帰って来ていることを願っている。皆さんには、皆さんと(歳が)同じくらいかもっと若いような、たくさんの優秀な若者が、学業などの希望かなわず、戦争で死ななければならなかったこと、そのような人達の犠牲の上に、今の平和な時代があることを忘れないでほしい。そして、皆さんは、悩んだりするとき、自分は孤独だと思うかもしれないが、自分は決して1人ではなく、誰かとどこかで何かの縁があることをわかってほしい。」
戦争のために志半ばで勉強をやめなければならなかった(そして死への道を辿らざるを得なかった)人達のことを考えると、自分は、今やっている事も、いろいろな人との出会いなどの縁があって得られたものだし、せっかく与えられたチャンスをサボったりして無駄にしていてはいけないな、という思いを新たにしながら、先生のお話を聴きました。
トリノオリンピックでの荒川静香選手の演技ですっかり有名になった「イナ・バウアー」ですが、今日、車でラジオをかけていたら、こんな投稿が。
我が家のイナバウアーは、5か月になる息子です。抱っこしたりしているときに急に反り返るので、落とさないようにつかまえるのが大変。今日も息子はイナバっています。おおおおお!!!!うちもそう!やっぱりいるんですね〜♪思わず膝をたたいて笑ってしまいました。
我が家のムスメも5か月を過ぎ、最近は寝返りの稽古中。もう少しで体が横を向くところだけど、その際に首をかなり後ろへ曲げるので、かみさんと「イナバウアーだねぇ」と言っていた今日この頃だったのでした。我が家でもイナバってます。がんばれ〜。
普段、晩ご飯の後でムスメをおふろに入れるのだが、ふろからあがる前に湯船の中で20数えることにしている。
これが、最近、数えていると、ムスメがにこにこする。どうも数えているのを聞くとご機嫌になるらしく、声を出したり、手足の動きが激しくなるときもある。おふろに入っているときのご機嫌は日によっていろいろで、ずっと不機嫌な日もあるし、最近は頭を洗うとほぼ毎日泣かれるのだけど、そういう後でも、湯船で数えるとよく笑ってくれる。なぜだか不思議なんだけど、おもしろいね。
・・・という話をかみさんにしたら「それって、もうすぐ上がれることがわかってうれしいんじゃない!?」。だとしたらこっちはちょっぴり悲しいねぇ。そうじゃないといいんだけど、今はまだ本人に聞いてもわからないしね。